第17話 隣の席のアイスメイデンは後輩相手でも容赦がない

「おまっ、バカ!なにやってんだ愛原!火はだいぶ前に消したっつっても、焼却炉自体はまだ熱を持ってんだぞ!火傷するだろうが!さっさとそこから出てこい!」


「離してください、先輩!この中に大事なシューズがあるんです! とっても大切な物なんです! だから……!」 

 

 焼却炉の中に手を突っ込む愛原を後ろから抱え引き剥がそうとするも、愛原の身体能力が俺より上のせいなのか。

 はたまた俺が貧弱なのか、なかなか引っ張り出せないでいる。


「んな訳にはいくか!このままじゃ火傷じゃすまなくなるぞ!自分の手を見てみろ!現に酷い状態だろうが!」


 よっぽど長い時間焼却炉と戦っていたのだろう。

 彼女の両手は爛れてしまい、酷い有り様だ。

 あの状態だとかなり痛い筈。

 だというのに、愛原は頑なに諦めようとしない。

 まるで痛覚を遮断したかの如く、愛原は焼却炉の縁を掴んで抵抗する。


「でもあれは……あのシューズは大事な物なんです!あれは半年前にお父さんが買ってくれた思い出の品なんです!だから……だから離して!離してぇぇぇ!」


「────!だったら……余計に愛原をこのままに……出来る、かぁぁぁ!ぐぬぬぬぬ…………うっ、おおおおっ!」


「っ!」


 焼却炉に足をかけて最後の力を振り絞ったお陰で愛原を無事救助する事が出来た。 

 思いの外勢いがついてしまい愛原を転がしてしまったが、あのまま灰を被らせるよりかはマシだろう。

 もしも顔にかかったりしたら……想像もしたくない。


「はぁはぁ……ったく、めちゃくちゃだぞこの子。あんな灰に素手を突っ込もうとするなんてどうかしてんな……」


「なんで邪魔するんですか!邪魔しないでくださいよ!」


 空気が冷たいというのに際限なく溢れてくる汗を拭っていると、愛原が叫びだした。

 なので俺は落ち着けようと……、


「なんでもくそもあるか!もしも灰が顔にかかったらどうすんだ!女として終わるぞ、マジで!それでも良いのかよ!」

  

 したが、ものの見事に失敗してしまったようで。


「構いません!火傷しようがどうなろうが構うもんか!だからもう邪魔しないで!」


「ああ、もう!またかよ!」


 愛原はまたしても焼却炉へと挑もうとする。

 しかしそこで、ずっと暇そうにアクビをしながらイザコザを見ていただけの秋乃さんがようやく動く。


「ちょっと」


「な、なんなの!?ほんともういい加減に────!」


 これ以上は流石にもう見ていられないと思ったのだろう、多分……きっと、恐らく。

 秋乃さんは愛原の腕を掴むと、流れるようにビンタを────


「さっきからうるさいのだけど」


「ぶへっ! え……なん? ちょ、まっ……ぶふぅ!」


 ビンタを……。


「ひぃん!ま……待って、一旦待って!こういうのって普通一回じゃないんですか!?さっきので三回ですよ、三回!確かに私が悪いとは思いますけど、幾らなんでも叩きすぎ…………あひぃ!」


 何回ビンタするつもりだ、イカれとんのか。

 お陰で冷静になれたみたいだけど、明らかにやりすぎだと思う。

 それからも愛原は結局、予想外な出来事で呆然としている俺の目の前で、更に三回ほどビンタされた挙げ句、号泣。

 最終的に抵抗する意思も、暴れる力も失くなった愛原は、ただただ満身創痍になっていた。

 



「半年前に死んだお父さんから買って貰った……思い出の品?」


 紆余曲折ありようやく落ち着きを取り戻した愛原が、苦しげにそう言ってきた。

 

「はい……あのシューズは入学祝に買って貰った物だったんです。お父さんが交通事故で亡くなる前に……」


 だからあれほどまでに取り乱したのか。

 お父さんが最後にくれたプレゼントだったから。

 

「ありがとな、愛原さん。君にとってとても辛い話だったろうに。思い出させてしまってすまない」


「い、いえ……冬月先輩にはイジメから助けて貰った上に、さっきも私を心配してくれたのにそんな……。それよりも私の方こそごめんなさい」


「ん?」


「先輩相手にあんな暴言を吐いてしまって、とても申し訳ないなと思いまして……」


 暴言って、あれでか?

 あれが酷いのならうちの姉さんなんてどうなるんだ。

 毎日のように『なんで私の弟なのにこんな残念な頭なのかしら』だの。

 『あんたってほんと何やらせてもどんくさいわね』だの言ってくるんだぞ。

 それに比べたら愛原の暴言なんて可愛いもんだ。

 

「全然気にする必要なんてないけど。ていうかお父さんとの思い出が燃えてたんだ、取り乱しもするだろ。俺もこのペンダントが失くなったら、間違いなく取り乱すだろうしな」


 言いながら自分のポケットから、ロケットペンダントを取り出す。

 去年の夏に失くなった父さんと母さんが写った家族写真が収められたペンダントを。


「もしかして、冬月先輩のお父さんも……」


「ああ、まあな。つってもうちは両親共に……なんだけどさ」


「そうだったのね。わたし以上に家族の話をしないから何かあるとは思っていたけれど」


 そんなつもりは無かったが、無意識で避けていたのかもしれないな。

 まだ引きずってるのか、母さんと父さんの最後を……。

 最近はもう慣れてきたかと思ったんだが、家族の喪失というのはなかなか忘れられないらしい。


「まあ俺の話なんか今は良いだろ。それよりも……あのシューズが燃やされたのってまさかとは思うが……」


「間違いないんじゃないかしら。あの女どもの仕業でしょうね」


 秋乃さんの言葉に愛原は拳を握りしめる。

 

「最初はどこかに隠されただけだと思ったんです。でもまさか燃やされてるだなんて……!幾らなんでも酷すぎる!お父さんとの思い出があんな人達に………」


 わざわざ盗んだ以上、あのシューズが愛原にとって大事な物だということは理解していた筈だ。

 なら余計に……。

 

「許せないな……ああ、許せないよな絶対に……」


「冬月……先輩?どうしたんですか、いきなりワイシャツを脱いだりして」


「…………冬月くん、なにを……」


 なんの脈絡もなく脱いだワイシャツを腕に巻き付けた俺の行動に、二人は頭上にはてなを浮かばせる。  

 そんな二人の視線を背中に受けながら、俺は。


「あれは大切な思い出の品だぞ。愛原の大切な父親との唯一の絆だ。それを盗んだ挙げ句燃やしただと?ふざけるな!知らなかったで……済む話かよ!」


「なっ……!冬月くん!」


「先輩!?」


 灰に腕を突っ込んだ。


「な、なにをしているんですか先輩!そんな事をしたら先輩の腕が!」


「今すぐ抜きなさい、冬月くん!このままだと貴方の腕まで火傷を!」

 

 二人が止めに入るが、俺は一切手を止めず灰をまさぐる。  

 すると指先に何かが当たった。

 

「これは……」


 布越しの指先に当たったのは靴べらのような感触だった。 

 俺はそれをしっかりと掴み、そして……


「ふん!おらあっ!」


「きゃっ!」


「けほけほ!けむた……」


 二人には悪い事をした。  

 思い切り引き抜いたせいで灰が舞い、三人の制服が灰まみれになる。

 だがその甲斐あってか、これを手に入れる事が出来た。

 この─────


「うおっ、真っ白。これをこう扇げば多少は……よし」


 パタパタさせるとそれは真の姿を現した。

 俺はそのゴム質の板を愛原に差し出しながらこう尋ねる。


「愛原、これに見覚えないか?多分、靴の一部だと思うんだが」


「あ……それ…………うそ……」


 愛原はその板を一瞬で奪取。

 そして自分の胸元で大事そうに抱えると。


「全部燃えてなかったんだ……よかった……。本当によかったよぉ、うぁぁぁぁん!」


 彼女は膝から崩れ落ち、止まる事の無い涙を溢れされた。

 まるで滝のようにボロボロと。

 まるで子供のような泣き顔で。

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