第16話 隣の席のアイスメイデンと愛原陸海

 後藤先生が助けに来てからというもの、あれよあれよという間に状況は収束。

 あの場に居た全員が、職員室に連行された。

 のだが、事態は思いもよらぬ方向へと行ってしまう。


「は……はあ!?一旦帰らせたって……なんで!あいつらはイジメの現行犯ですよ!?おめおめ帰したらあいつらはまた明日にでも愛原さんを……!」


「んたこたぁ、お前に言われんでも分かってる!」


「ッ!」


 後藤先生が怒りのままデスクを殴ったのを目の当たりにし、俺は言葉を飲み込んだ。

 先生も本当は説教の一つもしたかったのだろう。

 なら尚更何故帰したのか、気になるところだ。


「じゃあどうして……」


「イジメ問題っつうのは、そう簡単な話じゃないんだよ。俺ら教師はPTAや親御さんの顔をまず立てにゃならん。それを無視して勝手に動くのは越権行為だ。わかれ」


 確かにそれはそうかもしれないが。


「なら先生は愛原さんがどうなっても!」


「いい加減にしろ、冬月!」


 もう一度先生はデスクを殴る。

 そろそろこのデスクは俺のせいで寿命を迎えそうな気がしてならない。


「俺だってなんとかしてやりてぇ、んなの当たり前だろ。だがな、PTAはともかく親御さんが出てきたらやべえんだよ。それこそ学校の評判、引いては運営にも関わってくる」


「くっ……!」


「お前の気持ちは痛いほどわかる。当真……お前の事は中坊の頃から見てきた。だから俺はよく知っている、お前がイジメや他人の苦しみに敏感だってのをな。俺だって見てらんねえよ。だがな、生徒を糺弾するには証拠が要るんだ。絶対的な物理的証拠がな。それがありゃあなんとでもなる。退学だろうが、休学だろうが、警察沙汰だろうがな。動画でもなんでも良い、証拠があるなら出せ。ないなら……今は堪えろ」


 苦悶に顔を歪ませる後藤先生……竜兄ぃの姿を見て、これ以上は迷惑になると思いそれ以上何か言うのは憚られた。

 竜兄ぃは俺とは比べ物にならないぐらい、熱く正義感の強い人だ。

 今しがた知り合ったばかりの俺なんかより、よほどハラワタが煮えくり返っているはず。

 中学生の頃、虐められていた俺を救ってくれた時のように。


「わかったよ、竜兄ぃ…………じゃあまた明日」


「ああ」


 それを理解できるからこそ、俺はもう何も意見せず、この場を去る事を選んだ。

 今は少しでも愛原さんの傍に居てあげたかったのもあって。





 職員室から出た俺は一先ず愛原さんを見つけようと廊下を見渡してみる。

 しかし彼女の姿が一向に見つからない。

 どこに行ったのだろう。

 そこで俺は、夕焼けを眺めて黄昏ている秋乃さんに尋ねてみた。


「秋乃さん、愛原さんは?」


「さぁ……知らないわね」


 何でだよ、頼んでおいたのに見てくれてなかったのか?


「さぁってそんな適当な……なら、どこか行く前に何か言ってなかったか?帰るとか……」


「知らないわ、話しかけてきたから睨み付けたら踞っちゃったから」


「なにしてんの?ほんとになにしてんの!?」


 そういえば、俺とは普通に喋るもんだから忘れがちだったけど、秋乃さんはツンギレ型コミュ障だったな。

 こいつは完璧に俺のミスだ。  

 秋乃さんを責めるのはお門違いだろう。


「まあ……こうなったもんは今更言っても仕方ないか。よし、ならしらみ潰しに探すとするか。幸いにもまだ下校前、今から探せばもしかしたら見た人も……」


 と、踵を返した刹那。

 秋乃さんは何かを思い出したのか「あっ」と。


「なに?なんか思い出した?」


「思い出したという程じゃないのだけど、どこかに行く前なにか呟いていた気がしたの。なんだったかしら……靴、がどうたらとか……」


「靴ぅ?なんだそりゃ、そんなのなんのヒントにも……ん?靴?」


 靴という単語がどうにも頭の角に引っ掛かり、俺は頭を悩ませる。

 だがそんな俺よりも先に秋乃さんは答えに至ったようで。

 ある場所をボソリと呟く。

 そう……俺達はあそこで靴を見たのだ。 

 

「もしかして……焼却炉、かしら」


「それだ!」


 何故か動いていた焼却炉。

 その燃え盛る炎の中で運動用のシューズが溶けていく姿が、秋乃さんの一言で脳裏に再生された。

 



 

 


 

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