第12話 隣の席のアイスメイデンと秋空の明星

「それじゃあ僕はそろそろ帰るとするよ、当真くん。これ以上邪魔をしたら、秋乃さんに何を言われるかわかったものじゃないしね。先生の話はまた今度」


 夏日はそれだけ言い残すと、ゲームセンターから去っていった。

 正直、姉の話なんかで盛り上がりたくもないし、夏日紫苑と関わるとロクな目に遇わなさそうだから極力会いたくない。

 が、恐らくそれは不可能だ。

 あいつの姉さんに対する想いが本物である以上、弟である俺が逃れる術はない。

 面倒事に巻き込まれるのは必至だと思った方が良いだろう。   

 まあそれも明日以降の話だ。

 今日はそんな事を気にしている余裕はない。

 なにしろ今から俺は────


「さて……あの男も居なくなった事だしわたし達も行きましょうか。大事な話をしに公園へ」


「う、うん」


 秋乃さんの大事な話というのを、聞かなきゃならないんだから。

 




 時刻は夜七時。

 公園に着いた頃には、陽が落ちて真っ暗になってしまっていた。

 子供はおろか、カップルの一組も居ない。

 男女二人きりで話すにはもってこいの状況だ。

 

「冬月くん、アスレチックジャングルがあるわ」


 秋乃さんが指差した公園の中央には、昔ながらの遊具が存在感を顕にしている。

 昼間ならなんてことない遊具も、夜に見てみると存外不気味だ。

 例えるなら、深夜の学校だろうか。

 あんな感じの異彩を放っている。

 お化けでも出てきそうだ。


「うわぁ、久しぶりに見たな。 なんか気味悪……」


「ちょっと登ってみるわね」


 なんで?


「秋乃さん、登るのはやめておいた方が良いんじゃない?真っ暗だから足を踏み外すぞ、落ちたらどうすんのさ。それに今スカートなんだから、あんなのに登ったら見えちゃう……って、もう登ってるし」


 止めようと声をかけたが、時既に遅し。

 秋乃さんは暗がりにも関わらず、ヒョイヒョイっと簡単に登りきってしまった。

 ちなみに下着は秋乃さんらしい純白だった。


「冬月くんも登ってきて。なかなか悪くない景色よ」


 登れってか、ここを。

 真っ暗で足元もおぼつかないここをか。

 落ちる自信しかないぞ。

 ハッキリ言って登りたくない。

 が、


「ほら、早く来なさい冬月くん」


 あの様子じゃ秋乃さんは絶対降りてこないだろう。

 それどころか、断っても頑なに登らせようとする筈。

 となると、他に選択肢はない。

 

「やれやれ……わかったよ、今行くから待ってて」


 俺は諦めて、アスレチックジャングルを登り始めた。


「いらっしゃい、冬月くん」


「うへぇ、疲れた……怖かった……」


 片足が何度か宙ぶらりんになったり、踏み外したりしたが、なんとかかんとか登りきることに成功。

 特に怪我をするでも無く、秋乃さんの座る天辺辺りに辿り着けた。

 

「秋乃さん、隣座っても良い?」


「ええ」


 許可を得るなり疲労困憊気味に腰かける。

 座るところといってもパイプのみで、かなり不安定だ。

 少しでもバランスを崩したら落ちそうで怖い。

 秋乃さんはよく平気だな。

 恐怖心が無いのか、この人は。

 と、心臓の鼓動を落ち着けていた時。

 秋乃さんが俺の右腕をポンポン叩いてきた。


「下ばかり見ていないで、顔をあげなさい。 折角の星空が勿体無いわ」


 星空なんてこんな所から眺めても、別に普段とそう変わらないだろ。

 そう思いながらも、俺は顔を上げる。


「別に星空なんて今じゃなくても────」

  

 だがその固定観念は間違いだと、すぐに思い知らされる事になった。


「うわ……」


 大パノラマ、と言ったらかなり大袈裟な表現だとは思うが、今感じているそれを言葉にするなら、それしか思い浮かばなかった。

 邪魔な物がないだけで、星空ってこんな綺麗だったのか。

 まさかアスレチックジャングルの天辺から眺める夜景がここまで綺麗だとは思いもよらず、俺は感嘆のため息を漏らす。


「どう?綺麗でしょう」


 その言葉に俺が頷くと、秋乃さんは星空を指差して。


「あの輝いてる星、見えるかしら。あれがシリウス。で、向こうにあるのがペテルギウスよ。10月に見える星座の中でも特に明るい星ね」


「へぇ……詳しいんだな、秋乃さん」


「ええ、星は昔から好きなの。お母さんが好きだったから」


 お母さんってどんな人なの、と尋ねようとしたが、俺は言わずに飲み込んだ。

 今話すのは野暮だと、楽しそうに解説する秋乃さんを見て思ったからだ。

 

「特にお母さんはシリウスが好きだったわ。他のどの星よりも輝いているのが、なによりも気に入っていたんですって。秋空の明星って勝手に名付けてしまうくらい」


「そうなんだ。よっぽど好きだったんだね。じゃあ秋乃さんもあの星が?」


「そうね、好きだったわ。一年前までは」


 秋乃さんはこちらをチラッと見て微笑むと、今度は秋でなくとも見えそうな明かりの乏しい星を指差す。


「今はあの星が好き。明るくもなく、かといって暗くもない。あのなんでもない星が好きなの」


「ふーん、なんて星なの?」


「知らないわ。多分、大抵の人は知らないかもしれないわね」


 なんだそれ。 

 なんでそんな星が好きなんだ、秋乃さん。

 やっぱりこの子、少し変わってるな。


「し、しらないのか」


「うん……でもそれで良いの。何にも染まらず、ただただそこにあるだけのなんでもない星。だから好きなの、あの星が。わたしの好きな人に似てるから」


「え……?」

  

 最後に呟いた最も感情のこもった言葉に、俺は秋乃さんに視線を向ける。

 その先では秋乃さんが今まで見せた事のない幸せそうな笑みを浮かべており。


「貴方に……冬月くんに似ているから。なによりも、誰よりも、どんな輝く星よりも好き。愛しているわ、冬月くん」


「秋乃さ…………」


 不思議そうな顔を浮かべているであろう俺の手を握ると、徐に唇を重ねてきた。  

 生まれて初めてのキス。

 味は……驚きと緊張でよくわからなかった。




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