第10話 隣の席のアイスメイデンと昔馴染み 【前】

「あの人達、あんなところで何を騒いでいるのかしら。往来の邪魔だわ」


 俺と秋乃さんは今、一台のクレーンゲームの影に隠れている。

 その理由はあれだ。

 

「ああ、あれは多分告白じゃないかな。ほら、告白するっぽい女の子の顔が真っ赤でしょ」


 クレーンゲームエリアの角で行われている、一世一代の大勝負を見るためだ。


「なるほど、あれが噂に聞く告白なのね。では、今後の為に見ておきましょうか」


 今後の為ってなんだ、秋乃さん。

 いつ使うんだ、誰に使うんだ、秋乃さん。

 この後の為に参考にするつもりなのか、秋乃さん。

 見ず知らずの女子学生の告白よりもそっちが気になり、集中が乱される。

 いや、見ず知らずではないか。


「ねえ、冬月くん冬月くん」


「なんだい、秋乃さん」


「あのブレザー制服うちの高校のよね。同級生かしら」


 この女、正気か。 

 隣のクラスで有名な陽キャグループの一人だぞ。

 どんだけ他人に興味ないんだ。


「そうだよ、二年生の間では色々噂が絶えないグループの一人だったと思う」


 まあどちらかといえばあの娘よりも、告白されている長身金髪イケメンが主な話題の人物だが。


「ふうん、そうなの」


「うん。で、向こうに居るのが男子で一番有名な……」


「そっちは知っているわ。夏日紫苑よね」


 え……どうしてあいつを知ってるんだ、秋乃さん。

 傲慢だとは思うけど、自分以外の男を秋乃さんが認識してるのがちょっとジェラシー感じる。


「そうだけど……なんで?どうして知ってるのさ」


「特にこれと言った理由はないわ。ただ小学校からの顔馴染みだってだけ」


 うちの学校に通う生徒は地元民が殆どだ。

 当然中には小学校が同じ生徒だって居る。

 秋乃さんだって地元民だ。

 夏日紫苑と小学校が一緒なのは十分あり得るのに、俺は何を勘ぐっているのか。

 相手がイケメンだからと気にしすぎもいいとこだ、恥ずかしい。


「な、なんだ……そうだったんだ。俺はてっきり秋乃さんも夏日紫苑に惚れてるのかと」


「ちょっとやめてくれる?冗談じゃないのだけど。ほら、バカな事言ってないで集中しなさい。始まるわよ」


 秋乃さんに促されてクレーンゲームの筐体から顔を出すと、夏日紫苑が口を開くところだった。


「話ってなにかな、崎守さん」


 今にも告白しようとしている女の子は崎守さんというらしい。

 いかにも陽キャグループの一員って感じで、ショートカットの茶髪に控えめのネイル。

 化粧は薄目にしているのだろうか。

 どことなく目元がパッチリでわざとらしさが無く、可愛い系ギャルって言葉がピッタリな女の子だ。

 いつも夏日紫苑にくっついている派手めなギャル達と違って。


「あれ……?二人しかいないのか、今日は。あと四人はどうしたんだ、珍しいな」


「四人?」


 いつもならあと四人、チャラい奴らがくっついている筈なのだが、今日はどこにも見当たらない。

 あのグループは四人のうち三人は女子。

 しかもその内二人は夏日に惚れていた気がする。

 関わりはゼロだが、傍目から見ても判る程にベタ惚れだった。

 だから抜け駆けなんか許すわけがないのだが。

 まあ自分とは関係ない奴らの事なんだし、どうでも良いか。

 気にするだけ無駄だろう、といよいよもって興味の欠片が失われ始めた頃。

 ようやく崎守が動いた。


「夏日紫苑くん!一年生の頃からずっと好きでした!私と付き合ってください!」


 崎守の一世一代の告白。

 さて、夏日紫苑は彼女の手を取るのか、それとも……。


「ありがとう、崎守さん。君の気持ちは凄く嬉しいよ」


「ほ、ほんと!?じゃ……じゃあ私と……!」


「でもごめんね。崎守さんとは付き合えない」


「え……そ、そっか…………はは……」


 ダメだったか。

 夏日紫苑の顔色からなんとなくそんな気はしていたが。

 

「あの……どうしても……だめ、かな」


 それでもなお食い下がる崎守さんに、夏日紫苑が頷いた瞬間。


「う……ぅぅ……」


 崎守さんの頬に、水滴が一滴垂れていく。

 フラれたのだから泣いて当然だ。

 むしろここで大泣きしないだけ称賛に値する。


「薄々は分かってたんだ……ダメだって、私なんかじゃ……。みんなみたいに可愛くないし、胸だって……」


「崎守さん……」


 彼女はきっと、夏日に慰めて貰いたかったのだろうが相手が悪い。

 告白されるのも、女の子に泣かれるのも慣れているんだろうな、あの夏日紫苑という男は。

 夏日は崎守に伸ばした手を引っ込めて、再度。


「ごめん」 


 その言葉が決め手となった。


「────ッ」


 崎守さんの涙腺は崩壊。


「あっ……」


 涙をこれでもかと言わんばかりに溢れさせ、脱兎の如くゲーセンから姿を消した。

 俺達のすぐ近くを通って。


「はぁ」


 一人残された夏日紫苑には哀愁が漂っている。

 告白されたのは一度や二度じゃないだろうから慣れていると勝手に思い込んでいたが、そうでもないらしい。

 結構つらそうだ。


「振るのはやっぱり精神的に来るな……友達なら尚更。ふぅ……明日からどう接したら良いんだろう。僕はともかく、崎守さんが心配だな……」


 なんだあいつ、モデルなんてやってるからてっきりチャラいかと思ったけど、案外良いやつじゃないか。

 イケメンって種はどいつもこいつも調子に乗ってる奴らばかりだと思っていたから、これには驚きだ。

 夏日紫苑みたいな紳士的な男も居るんだな。

 これは少し認識を改めた方が…………ん?

 夏日紫苑のスマホの画面に映し出されてる待ち受け写真、どっかで見た人が写っている気が………………ッ!?


「はあぁ……こんな時、先生に相談できたらな。先生……葉月せんせ……」


「ね……ねねね、姉さん!?なんで姉さんの写真なんか……!」


「え?」


「あ」


 しまった。

 まさか夏日紫苑の待ち受け画面が見慣れた黒髪のミニポニテが写っているとは思わず、飛び出してしまった。

 ここからどうしよう。



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