第8話 隣の席のアイスメイデンは天才肌 【中】
「へぇ、これがあのゲームセンターなのね。初めて入ったわ」
本日は快晴、放課後デートにはうってつけの天気だ。
だというのに、俺と秋乃さんは昔ながらのゲーセンに足を運んでしまっている。
俺だってこれでも男だ。
秋乃さんを楽しませようと、あの後姉さんに頼んでデートのノウハウやオススメのスポットを教えてもらった。
しかしいざデートが始まるや否や。
「ねえ、冬月くん。わたし、冬月くんの言っていたゲーセンというのに行ってみたいわ。なんでも不思議な機械がいっぱいあるのよね。社会見学も兼ねてそこへ行きましょう」
秋乃さんのこの言葉で、努力全てが無に帰すことになった。
まあ俺としては、秋乃さんを楽しませる為のデートプランだった訳だから、秋乃さんが喜んでいるのならそれはそれで別に構わないが。
「冬月くん、あれはなにかしら。あの人、オモチャの銃で画面に映った化け物を撃ち殺しているのだけど」
「言い方物騒すぎない?んっとあれは、ガンシューティングってタイプのゲームだね。ああやって銃を使って、ゾンビを撃って倒していくゲームかな。でもあれは止めた方が良いと思う。あんまり女の子向けじゃあ」
「あれやりましょう」
相変わらずこっちの話を聞かない秋乃さん。
どうして君はいつも人の話を聞かないんだ。
「秋乃さん、俺の話聞いてた!?グロいんだって!女の子向けに作られてないの!」
チャリン。
「って、もうお金入れてるし!」
「おいしょっと。結構重いわね」
なんだろう。
フラフラして危なっかしいけど、銃と秋乃さんの体型がミスマッチ過ぎて逆になんか可愛い気がする。
これがギャップ萌えというやつか。
「ほら何やってるの、冬月くんも来なさい。わたし一人じゃわからないじゃない」
「……はは、ごめんごめん。秋乃さんの事だから何でも出来ると思ってて」
と、愛想笑いしながら俺も硬貨を投入。
銃型のコントローラーを差し込み口から取り出し、手に馴染ませていたら。
「なんでもは出来ないけど、出来るように努力はしているわ。それで、これはどうやって遊ぶの?画面に英語で撃てって映ってるから、撃てば良いのかしら」
「ああ、画面を狙ってトリガーを引けばいいよ」
言った直後、筐体から銃声が響く。
ゲームが始まった合図だ。
「なるほど、これがやり方なのね。うん、だいたい把握したわ。じゃあ早速やりましょうか。準備は良い、冬月くん?」
流石は学年上位の秋乃さんだ。
画面に表示された操作方法を少し見ただけで理解したようで、リロードとエイムの練習を始めだした。
「こっちは大丈夫、慣れてるからね。でも秋乃さんは初めてなんだよな?なら気軽にやろっか、所詮はゲームなんだし」
「あら、心外ね。遊びだろうと、やるからには全力で挑むつもりよ。じゃないと面白くないでしょう?それに冬月くんに勝つつもりだから、わたし」
「!」
そこまで言われたら、こっちも本気で応えるしかない。
これでも俺はゲーマーの端くれ。
子供の頃からゲームには親しんできたんだ、今日初めてプレイする秋乃さんに負ける訳にはいかない。
「へえ、なかなか言ってくれるね秋乃さん。なら俺も手加減しないよ、真剣勝負といこうじゃないか」
「ええ、異論は無いわ。それじゃあ……」
ムービーが終わり、最初のゾンビが出てきたところで、俺達は会話を終えて銃口を向ける。
そして────
「どっちのスコアが上か勝負だ、秋乃さん!」
「臨むところよ、冬月くん」
バン。
俺達は同時に引き金を引いた。
「なん……だと。そんなバカな……」
正直なところ、俺は秋乃さんを舐めていた。
いくら文武両道、才色兼備な秋乃さんだろうと、初めてプレイするゲームでまともな動きなんて出来る筈がないと思っていた。
だがそれは間違いだった。
相手はそんじょそこらの素人ではない。
あの秋乃来栖なのだ。
舐めてかかるべきではなかったのだ。
「俺が、負け……た?嘘だろ?」
「あら、案外簡単なのねゲームって。もっと難しいと思っていたわ」
「くっ……!」
結果は惨敗。
スコアは大差をつけられ、ステージ突破数でも力及ばなかった。
誰の目から見ても、完璧に俺の敗けである。
「秋乃さん、ほんとに初めてなのか?めちゃくちゃ上手いんだけど」
「ええ、初めて触ったわよ?というより、ゲーム自体これが初めてね」
「なあっ!」
秋乃さんが何の気なしに言ったその言葉が、俺のプライドをズタズタに切り裂いた。
これでもこのゲームセンターに通って、かれこれ五年は経つ。
今プレイしたガンシューティングゲームも、シリーズを追ってプレイするくらいはやり込んでる。
なのにゲームの一つもやったことがない、ズブの素人相手に大敗だぞ。
そりゃあショックで四つん這いにもなるし、笑うしかなくなる。
「は……はは……ははははは……」
「冬月くんどうしたのかしら、いきなり笑いだしたのだけれど。どこか具合でも…………あっ、もしかして勝っちゃいけなかったとか?」
ドスリ。
「ぐはっ!」
「?」
秋乃さん的には優しさのつもりだったんだと思う。
けどその思いやりは、俺の心をより傷つけるだけに過ぎなかった。
更にあろう事か、秋乃さんはそれだけに留まらず。
「……ねえ、冬月くん。冬月くんさえ良かったらなんだけど、もう一度やりましょうか。今度はわたしが手加減してあげるから」
「なんだって?」
勝負をした相手への。
いや、ゲーマーに対する侮辱そのものな言葉を口にしたのだ。
「えっと……ほら。きっと冬月くんはわたしが初心者だから、手を抜いてくれたのよね?だから今度は冬月くんも本気でやって良いわよ?そしたらきっと次は冬月くんが勝つと……」
「ふ……ふふ……ふふふふ……」
ここまで他人に侮辱されたのは初めてで、俺は声にならない笑いを木霊させる。
それを耳にした秋乃さんが心配そうに顔を近づけてくるが。
「冬月くん……?」
「ぬあああっ!」
「きゃっ!」
いきなり立ち上がった俺に、秋乃さんは驚いて可愛らしい声をあげる。
いつもクールな秋乃さんがこんな女の子らしい声をだすのは非常にレア。
脳内補完ものである。
でも今はそれどころじゃない俺は。
「ちょっと、いきなり立ち上がらないで冬月くん。冬月くんの後頭部がわたしの顎に当たりそうに……」
「秋乃さん!」
両手を合わせて拝みこむ。
「頼む、もう一度俺と勝負してくれ! このとーり!」
その情けない姿を見た秋乃さんはプッと吹き出すと、硬貨を片手に。
「ふふ、しょうがないから付き合ってあげるわ。でも勝負で良いの?またわたしが勝つかもしれないわよ?」
「むしろ望むところだ!今度こそ勝ってみせる!」
それを聞いた秋乃さんは無言で硬貨を投入。
銃を取りだすと、クルクル回しながら大胆不敵な表情でこう言った。
「意外と負けず嫌いなのね。でも嫌いじゃないわ、そういうところ」
その時の秋乃さんはいつものクールな彼女じゃなく、年相応の。
俺にだけ見せてくれる無邪気な秋乃さんだった。
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