第5話隣の席のアイスメイデンは放課後デートがしたい 【前】

 それはとある昼下がり。

 コミュニケーションアプリ、リャインがメッセージを受信した所から始まった。

 メッセージを送ってきたのは、かの暴君。

 家でも外でも弟に圧力をかけてくる我が姉、葉月様だった。

 『話があるから今すぐ職員室に来なさい』との事。

 昼御飯を終え、脳内が桃色な男友達と談笑しようとした矢先だったから、正直すこぶるめんどくさい。

 しかし呼ばれたからには即参上せねば晩御飯が米のみになりかねないので、俺は仕方なく職員室に向かった。

 そこで姉さんから聞いた話は、こんな内容だった。


「秋乃さんを……遊びに誘え?」

  

 言葉の意味がわからなかった。

 何故俺がただのクラスメイトと……しかも学校一有名な秋乃来栖と遊びに行かなきゃならないんだ。

 学内の奴らに見つかったら悪即斬待った無しなのに、冗談じゃない。

 この場合どちらかと言えば、意味不明な因縁をつけてくる断罪者の方が悪だが。

 

「ええ、今日にでも」


「なんで?」


「友達と遊びに行くのに理由が必要?」


「別に友達じゃな……」


 心底嫌そうな顔を見せると、姉さんは教師としてあるまじき行為に及んできた。


「いって!いきなり何すんの!?」


 日誌らしき物で二の腕を叩いてきたのだ。


「え、嘘でしょこの人。教師の癖に生徒に手をあげたんですけど」


「当真は生徒である以前に私の弟だから問題ないわ。ねえ、芹沢先生」


「ふへ?」


 学校では弟扱いはしないって豪語するのに、こういう時だけ弟扱いしないで貰えないですかね。  

 ていうか、芹沢先生を巻き込んでやるなよ。


「え、ええええっと……」


「ね、芹沢先生」


 芹沢先生は眼鏡が似合う、とても気の弱い女性だ。

 そんな人に、圧力の権化足る姉さんが圧力をかけでもしたら……。

 

「うぅ……はい……冬月くんは冬月先生の弟さんだから、問題ないです……はい……」


 眼鏡の奥で涙を溜めて頷くしかないんだよ、可哀想に。

 なんか権力の縮図を目撃した気がする。

 大人の世界って怖い。

 

「姉さん、あんまり芹沢先生に強要してやるなよ……只でさえ先生、自分のクラスで色々大変みたいだし……」


「何度も言ったと思うけど、学校では冬月先生と呼ぶように」


 この姉はほんとに昔から勝手がすぎる。

 ここは弟として一つガツンと怒るべきかもしれない。

 周囲の教師は誰も彼もが目を逸らして我関せずを貫いてるし、弟である俺が……。

 と息巻いてみたものの。


「はーい、冬月せんせー」


 口論にしろ殴り合いにしろ今まで勝った試しが無いので、やめておく事にした。

 それにそろそろあの人も……おっ、ナイスタイミング。


「なんだか釈然としない態度だけど、まぁ良いわ。で、秋乃さんの話に戻るのだけど……」


「冬月ぃっ!お前また弟や芹沢先生を雑に扱いやがったな!?お前みたいな性格破綻者の相手をまともにする奴なんて、俺やこいつらしか居ないんだから、優しく接しろっつってんだろぉが!」


「げっ! 後藤!」


 今しがた職員室に乱入してきたガタイの良い男性教師の名前は『後藤竜二』。

 姉さんを唯一諫められる、数学教師だ。

 数学教師の割に体格は体育教師ばりに筋肉質なのが、後藤先生の特徴だ。

 他の特徴と言えば、やはり髪の毛だろう。

 豪快な性格が表れているのか、毎日逆立っている。

 そんな後藤先生はとても生徒想いの熱血教師だ。

 故に、圧政を敷きがちな姉とは馬が圧倒的に合わないらしい。


「げっ、とはなんだ!げっ、とは!相変わらず失礼な奴だな、お前は!それよりも見ていたぞ、冬月!弟とはいえ生徒を叩く奴があるか! 説教してやる、こっち来い!」


「ちょっとなによ、離しなさいよ!あんたはなんだって私にいつも構ってくんのよ!ほんとウザいったらないわ!あっ、当真!ちゃんと秋乃さんを誘うのよ!わかったわね!誘わなかったら晩御飯抜きだからねー!」


 恐らく生徒指導室に向かったのだろう。 

 後藤先生はうるさい姉を引きずっていった。

 

「離せっつってんでしょうが!」


「ぐおぉ……お前、金的はやめろってあれほど……」


 なんか嫌な断末魔が聞こえてきた。

 後藤先生の息子は無事だろうか、とても心配だ。

 と、苦笑いを浮かべていたら、同じく苦笑いしていた芹沢先生と目があった。


「あ……あはは、冬月先輩の弟やるのも大変そうだね。同情しちゃうよ……あっ、今のは内緒にしてね。バレたら怒られちゃうから……」 


「勿論言いませんよ、弟である俺の方が姉の恐ろしさは身に染みてますんで……。それよりも芹沢先生には、うちの姉がいつもご迷惑をおかけしてしまってすいませんと言うか。生徒の俺が言うのもなんですけど」


「ううん、気にしないで。これでも私、大人だから!」


 本当に可愛らしい人だな、芹沢先生は。

 出やしない力こぶを自信満々に見せながら、ニコニコしている。

 流石は校内で守ってあげたくなる女子ナンバーワンに輝いただけはある。

 まるで小動物だ。

 これほどまで心配になる大人も稀有だろう。

 いざとなったら姉から守ってやらねば。


「頑張ってくださいね、応援してますから」


 言って、俺は未だニコニコしている芹沢先生にペコリと会釈。

 先生を背に、職員室の外へと……、


「うん、ありがとう!先生も負けずに頑張るね! だから冬月くんもファイト!秋乃さんにお友達作ってあげる為に色々サポートしてあげるんだよね!陰ながら応援してるから!」


 なにそれ、聞いてないんだけど。



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