第4話 隣の席のアイスメイデンが勉強を教えようとしてくる 【後】
「冬月くん、わからないところ……無い?」
勉強会が始まってからというもの、秋乃さんはチラチラとこちらの様子を気にしている、気がする。
折角だから教えたいのかもしれない。
が、初日という事で内容が基礎の復習だけなので、今日は特に教わる箇所がない。
「今のところ大丈夫。公式さえわかってればなんとかなるから」
「そう」
断ると秋乃さんは何食わぬ顔で読書に戻っていった。
本にはカバーがしてあるから何を読んでいるのかはわからないが、秋乃さんの事だ。
きっと高尚な内容が記されているに違いない。
ちょっと気になる。
「秋乃さん、それ何読んでるの?」
シャーペンで公式を書きながら尋ねると、秋乃さんは。
「秘密」
拒否されてしまった。
勉強していろという事なのだろうか。
秋乃さんはこちらに一瞥もくれず、読書に耽り始めた。
「ふむ……そんなやり方が…………やるわね」
もしかして秋乃さんが読んでいるのはミステリー小説なのかもしれない。
うん、良いね。
秋乃さんのミステリアスな雰囲気とピッタリだ。
校舎に差し込む夕陽も相まって、とても絵になっている。
絵画から切り抜いたみたいだ。
そりゃあこれだけ美人ならモテるのも当たり前だな。
たとえ性格がアレだとしても。
「……なに?わたしの顔なんかジッと見て」
「あ、いや……ごめん。 なんでもない」
自分でも気付かないうちに秋乃さんを見つめてしまっていたらしい。
指摘されたのがなんとなく気恥ずかった俺は、慌てて勉強に戻る。
カリカリ、カリカリ。
会話という名のコミュニケーションが終わり、静かになってしまった教室で、シャーペンを走らせていく。
「…………」
今この教室を支配している音は2つ。
プリントを埋めるシャーペンの音と、秋乃さんが捲るページの音だけだ。
なんて心地良いんだろう。
実を言うと、こういう物静かな空気は意外と好きだったりする。
理由として思い当たるのは、現代の社会がどこもかしこも騒がしいから、だと思う。
かといって、別に人と喋るのが嫌いって訳じゃない。
むしろ好きな方だ。
けれど、たまに疲れたりする。
だからこういう厳かな時間に惹かれるのかもしれない。
世の中の喧騒から離れたくなる余りに。
なんてな。
「ははっ、なに考えてんだかな……っと、この問題で最後か」
秋乃さんとただただ静かに過ごせるこの空間が、居心地良すぎたのかもしれない。
いつの間にか問題は次でラストというところまで迫っていた。
のだが……そこで問題が発生した。
「……どう解くんだ、これ」
最後の最後で躓いてしまったのである。
「どうしたの?わからない問題でもあった?」
やはりここで来るか、秋乃さん。
来ると思ってたよ、秋乃さん。
でも秒で反応するのは流石に怖いよ、秋乃さん。
秋乃さんは俺の手が止まった瞬間、瞬く間に本を置き、身を乗り出してきた。
顔が近いし、甘い香りが漂ってきてドキドキする。
無防備過ぎだよ、秋乃さん。
だけど、わざわざ教えてくれようとしているのに注意するのは野暮でしかなく。
「う、うん。ここなんだけど……」
と、俺は視線を外して最後の問題を指差した。
そこでまたトラブルが発生する。
「ああ、その問題ね。それは……」
「……! ちょ、秋乃さん!?む、胸が……!」
俺の腕に秋乃さんのお胸が乗っかり、見えなくなってしまったのだ。
ブレザーの上からでもおおよその大きさは予想していたが、これは想像を越えた大きさだ。
柔らかいとかそれ以前に重くて腕が動かせない。
まずい、このままではあらぬ疑いをかけられ……!
「なに? どうかしたの?」
る事はまったくなく、それどころか秋乃さんは何を言っているのか分からない、とでも言いたげな顔を浮かべている。
そういえば、以前友人からこんな話を聞いた覚えがある。
胸が大きい人は胸が当たっていても気付かないらしい、という話だ。
あの時俺は『そんなバカな』と鼻で笑ったものだ。
だが今となっては頷くしかない。
何故なら……、
「えっと……それは……」
「なにもないなら続けるわよ?ほら冬月くん、ちゃんと集中して」
当の秋乃さんが未だに俺の腕を潰したまま、授業を進めているからだ。
こんな状況で思春期男子に集中しろとは酷な話である。
当然ながらこの日、一文字も新たに覚えられなかったのは言うまでもないだろう。
恐るべし、秋乃来栖。
「ありがとう…………ございます……!」
「え? まだ途中だけど……」
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