第3話 隣の席のアイスメイデンが勉強を教えようとしてくる 【前】
「ふあぁ。おはよー、姉さん」
「ええ」
自室からリビングへやってくると、姉さんが腕組みをして座っていた。
なにやら機嫌が悪そう。
俺、なんかやったっけ。
「姉さん、どうかした?機嫌悪くない?」
「だとしたら貴方のせいでしょうね」
やっぱり俺のせいだった。
けど、まったく心当たりがない。
なにに対して怒っているのだろう。
と、朝食が並べられた席につけないでいると、対面席に座る姉さんが座れと指先で指示してきた。
俺はこれ以上刺激しては命に関わると長年の経験から察し、平常心に努めて腰を下ろす。
「当真、これはどういう事かしら?」
座るなり姉さんが渡してきたのは一枚の紙だった。
俺はそれを受け取り、文字に目を滑らせていく。
「なにこれ。俺の小テスト結果表?……ああ、そういえばこの間やったなぁ」
「やったなぁ、じゃないわよ!」
「うわっ、ビックリした!」
姉さんがいきなりテーブルを叩くから、味噌汁が零れそうになった。
姉さんは怒るとすぐテーブル叩くから困ったものだ。
「なに怒ってんだよ、姉さん!どれも平均点は行ってるじゃんか!」
平均点の12点と同点だが。
「良いわけないでしょ、12点程度で!小テストなんて満点取って当たり前じゃない!最近弛んでいるわよ、当真!」
「えぇ……満点は流石にきついって。二年生に上がってから勉強難しいし。それに満点取ってるのは一部の奴らだろ?平均点12点な訳だしさ、そこまでしなくても……」
「口応えをしない!他の生徒は当真と違って部活をやりながら点を取っているの!対して当真は部活動をしていないでしょ!ならば満点ぐらい取りなさい!」
どんな理屈だよ。
まあ確かに部活やってないから時間はあるけど。
「そりゃそうだけど、これでも俺だって一生懸命やってるんだって。その上でのこれなんだから、仕方ないだろ」
言いながら俺は焼き魚を箸でつまみ、口に運ぶ。
その様子から自分の説教がまったく意に介されてないと知った姉は、大きなため息を吐いた。
「はぁ……どうして貴方って子はそう……。なら私にも考えがあるわよ」
「あむ、んぐんぐ」
やっぱりサバって米と一緒に食べるとなお美味しいな。
箸が進む。
「美味しい?」
コクリ。
味噌汁を啜りながら頷くと、姉さんは嬉しそうに口角を上げる。
「それはよかった、早起きして作った甲斐があったというものね。よく噛んで食べるのよ、ふふ」
「う、うん…………?」
姉さんがこんなに優しい顔を今まで俺に向けた事があっただろうか。
いや、無い。
あれ……もしかして俺、地雷踏んだ?
嫌な予感しかしないんだが。
「という訳で、今日から冬月くんにはわたしが良しと言うまで放課後居残りして貰うわ。よろしく」
姉さんは昔から俺に関しては手を抜いた事が無い。
教育ママならぬ教育姉ばりに。
物心ついた時から事あるごとに英才教育を受けさせてられてきたものだ。
そしてどうやら今日がその教育デーらしい。
だから朝、あんな話をしたのだろう。
「冬月くん、これ」
「ああ……うん、どうも」
人が居なくなった放課後の教室で、秋乃さんがプリントを手渡してきた。
さて、ここで疑問が一つ。
……何故本職の姉さんじゃなく、秋乃さんが教師役をしているのだろうか。
という疑問だ。
「じゃあまず数学のプリントから……」
「その前に良いかな、秋乃さん」
「ん?」
教科書を取り出した秋乃さんは、俺の待ったにキョトンとする。
キョトンとしたいのはむしろこちらの方である。
「なにかしら、冬月くん」
「どうして冬月先生じゃなくて秋乃さんが講師の代わりをしてるんだ?ねえさ……先生は?」
そう尋ねると秋乃さんは、無表情で、淡々と、短く。
「冬月先生に頼まれたから」
「うん、それはそうだろうね。で、肝心の先生は?」
「忙しそうだったわ」
ほーん、なるほど。
とどのつまり姉さんは、自分が忙しくて俺の勉強を見てやれないから、代わりに秋乃来栖に白羽の矢を立てた、という訳か。
やってくれたな姉さん。
これじゃあ断る訳にはいかないし、サボるわけにもいかない。
流石は実の姉、弟の性格をよく熟知している。
完璧な采配だ。
「そうか……じゃあやろっか、秋乃さん」
「ええ」
こうして俺と秋乃さんの……いや、俺の勉強会が始まった。
学校一の美少女と二人きりになるというのは不思議な感じだけど、これはこれで悪くない気がする。
ファンにバレたら血祭りにあげられそうだが。
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