第2話 隣の席のアイスメイデンが机をくっつけてきた

「ほらほらあんた達、お喋りは終わりよ。口じゃなくて教科書を開きなさい、教科書を」


 担任の美人教師が担当する現国の授業。

 美人なのに堅物さが仇となり未だに未婚者の教師に言われ、みな慌てて教科書を開いていく。

 そこで事件が……事件の発端となる出来事が巻き起こってしまう。


「せんせー、教科書忘れましたー」


 それは一人の女生徒が現国の教科書を忘れた事から始まる。


「仕方ないわね、隣に見せて貰いなさい」


「はーい」


 授業に遅れが出る事を嫌がった葉山先生がそう指示すると、生徒は隣の男子と机をくっつける。

 仲が良い訳でもないのか、数ミリ空けて。

 

「なるほど、そんな手が……」


 それを見ていたアイスメイデンこと秋乃来栖は徐に教科書をクローズ。

 どういうつもりなのか。

 教科書を机にしまった秋乃は満足げな顔で徐に、だがハッキリとした意思で手を上げた。


「先生、わたしも忘れたので冬月くんに見せて貰います」


「!?」


 あまりにも唐突な発言に度肝を抜かれた俺は、自分でも驚く速度で秋乃に顔を向ける。

 恐らく目が見開いている事だろう。


「珍しいわね秋乃さん、らしくない。まあ良いわ、冬月に見せて貰いなさい。ただし、今回だけよ」


「はい」


 二人の顔を何度も見渡す最中にやり取りが進み、秋乃が徐々に机を寄せてくる。

 だが俺は確かに見た、秋乃が教科書を持ってきていた所を。

 なので俺は声を上げ抗議をしようとした。


「先生、ちょっと良いですか!実は秋乃さんですね、教科書を……!」


 のだが。


「ぐっ!」


 スコーン!

 抗議は聞き入れられず、代わりにチョークが眉間に直撃した。

 平成上半期のラブコメ漫画かな。


「そこ、うるさいわよ!静かにしていなさい、冬月当真くん!」


 授業開始からおよそ5分。

 少しも進まない仕事に業を煮やしたが、ついにキレてきた。

 出来の悪いだからってこれは酷くないですか。

 そこで俺は腹いせに禁止ワードを呟くことにした。


「そんなんだから結婚できないんだよ、糞姉貴……」


「ああん?」


 チョークが大量に折れた音がした。

 今日の夜が俺の命日かもしれん。

 

「おいしょっと。じゃあ見せて貰えるかしら、冬月くん。ふふっ」


 楽しそうでなにより。






 ───キッツ。

 ほんとキッツいわ、この状況。


「あっ、ごめんなさい。手、当たっちゃって」


 別にこれは構わない。

 これでも俺は思春期男子だ。

 学校一可愛い女の子の手に偶然とはいえ触れたとなったら、心の中はヒャッホイだ。

 胸が高まる。

 なら何がキツいのか。

 それはこれだ。


「ちっ、冬月の野郎……席が隣だからって調子乗りやがって」


「覚えてろよ……」


 男子からの逆恨みがキツいのだ。

 これが本当にしんどい。

 俺は今まで、良い意味で言えば八方美人だった。

 空気を壊さないよう愛想笑いを浮かべ、話には相槌を打ち、波風を立てない。

 それが一年生までの自分がやってきたスタンスだった。

 しかし今となっては、そのスタンスも風前の灯。

 こうまで悪目立ちしては、もう以前のような生活には戻れないかもしれない。

 だからこの状況がすこぶるキツいのだ。

 平穏な日々を返して欲しい。


「御姉様、どうしてそんな男と……」


 なにやら一人だけ他と違う気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。

 でも一応、何も聞かなかった事にしておこうと思いました。


「なあ、秋乃さん。なんで嘘なんてついたんだ?教科書持ってたよな、さっき」


「持ってないわ」


「いや、見たから。なんですぐにバレる嘘つくの? どういうつもりか知らないけど、持ってるんならわざわざ俺が見せる必要なんて……」


「持ってないわ」


 うわぁ、なんて綺麗なまなこなのだろう。

 まるで清廉潔白と言わんばかりの綺麗な瞳の奥からは、是が非でも押し通そうとする意思を感じる。

 どうして君はそんな一点の曇りの無い眼で、一点の曇りなく俺の瞳を見つめられるんだい?  

 俺にはもう秋乃さんがわからないよ。

 ついでに授業内容に若干ついていけてないよ、どうすんのさこれ。

 秋乃さんの行動に意識が奪われて何も手につかないんだけど、どうしてくれるのよ。


 その夜、姉さんに授業聞いてなかったからもう一度内容を教えてと言ったら、説教された。


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