3 紫陽花
お日さまの匂いに乾いた洗濯物には、夫の下着も混じっている。
明日から別に洗おうかと考えながら、わざわざ選り分ける面倒をいつまで続けられるやらとも思う。それだけ怠け者になってしまった。その歳月が、きっちり二十年というわけだ……。
猫の額庭の隅では、紫陽花の水色が
一名を七変化というにしては色濃くならないけど、清潔感をたたえていて私は好き。手鞠みたいに丸く咲くのも、気持ちをそこはかとはずませてくれる。
……けれど夫は、額紫陽花のほうが好きだと言ったのだ。あ~、ヤだ、ヤだ、今日は思い出オンパレードでござんすか!
💪こうなりゃ、トホホ奥様、開き直ってやる。
もう、十年以上は経つ。
紫陽花は、散歩で知り合ったご老人ご夫妻から挿木苗でいただいた。
共に白髪のお二人のお宅はいつも、道沿いの垣根まで花があふれるように咲いていた。散歩先としては遠くなるのに、雨風の日以外は足を伸ばすようになっていたお宅だった。
花々のほとんどは白か淡い色で、瓦葺きの古い日本家屋を静かな明るさにつつんでた。
何度か垣根越しに見とれてるうち、そこのこ主人と目が合うようになり奥様ともお声を交わすようになった。お二人で庭の手入れをなさる姿が、そのうち私には花を眺める以上の楽しみになっていった。
どちらかが頭髪や衣服にくっつけてる葉っぱを筋ばった指で取りはらってあげたり、さりげない睦まじさにこちらまであたたかな気持ちになれたーー。
とうに夫とはぎくしゃくしてたから、胸にしみたのだと思う。
そんな翌年のちょうど今ころ、私をまちかねてたと手招きするお二人から、花束のような鉢入りでいただいたのだった。
それを庭に植えてすっかり根づいた晩秋、
…………お二人は交通事故であっけなく亡くなられた。
形見となった紫陽花を、私は見るさえつらいままその冬を過ごした。落葉しきったらドライフラワーにするつもりでいたのにどうしても花首を切り離す気になれず、枯色にかさついた五つの花球はずっとそのままにしていた。とうとう葉っぱの新芽が薄緑にふくらみだしても、どうしてもーー。
ところが。ある休日。
私が朝食の支度をしていた間に、夫は勝手に紫陽花の首をもぎ取っていたのだった。
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