2 姉妹


「そんなものよ。どこの旦那だって」

 電話の姉の声は笑っている。

「口うるさい女房は御免なの。一言に十言からまれたくないから、ラインにしただけ。それでアンタはどう返したの」

「どうって、もちろん既読無視。そもそも、私からはたずねてないし。なのに、二十年もトースト食わされて飽きましたですか。じゃ、これからはこうして、ああしてほしい。それくらい、ちゃんと添えろよ。でしょ」

「ほうら、もう、口うるさい。だからその分、オタクの旦那は無口になったの。今朝だってアンタが恐ろしくて、トーストやめてくれと頼めなかったからよ、きっと」

「私がうるさいのは、あっちがダンマリすぎるからよ。私だって昔はこんなじゃなかったわよ」


 確かに私も変わったが、夫もあれほど無口ではなかった。不器用ながらも、女心に刺ささる言葉すらたまにはつぶやいたものだ。

 ……あ~。今朝から、思い出したくもなかったことが次々浮かんでしまう。


 姉の笑い声がさらに高まる。

「まあ、今晩はアンタはおとなしくなさい。今後の朝食は、晩御飯と同じで米食にでもしたいのか。それだけ聞けばいいの。くれぐれも受け答えで話をこじらせないこと。

 じゃ、そろそろ電話切るわ。スーパーへ出かける前に洗濯物を取りこみたいから」

「あ。私もだった。じゃね」


 たしなめる合間の姉の笑いも、事をわざわざ大きく受けとるなというはからいだろう。だから、会話もテキパキたたみこんで終わらせた。


 私だって馬鹿じゃない。たかがトーストに飽きましたの一言だけだ。二十年も同じなら飽きもするよね、で済ませなくては。

 ありきたりな結婚の深淵をわざわざのぞいてしまうだけの若さ、もしくは余力があっていいのは、テレビドラマの美熟女まで。


 会話し終えたスマホもろくに扱えないだけ、なんだかんだ私はもう若くない。

 なにせ、トースト朝食歴二十年奥様ですもの、オホホホホ。

 そしてこの先の朝食も、バターたっぷりこんがりトーストを食いちぎってやろう大食いなんでしてよ。

 ですから大デブとしっかり自己認識した上で、今夜は夫に対峙しますわ、オホホのホ。




 私と姉の笑い声はよく似てて野太い。


 …二人とも過去に夫に浮気されている。

…………それとも……され続けてる?


 でも姉はその間、子供を三人大きくした。

 私は……夫との溝を大きく広げただけ。





 もし、最悪もしも離婚話やら持ち出されたとしても、そうはあっさりこの借家から飛び出せない。

 子もない、根性もない、恋人も作れるわけないぐうたら女が、明日からパートだの派遣だのに、夢もないから…いそしめるわけが……ない。

 それと慰謝料だって、さほどもらえない。なにせ、あの男、稼ぎ少ないからなあ。トホホ。


 あ、いけない。あの男じゃありませんでした。一生養っていただく大事な旦那様でした。トホホ奥様はしたのうございました。



 今日はろくでもないことばかり思い出すから、オチャラケてなければ私は、夜までいらつくしかないーー。



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