24話 決戦

※子供がかわいそうな目にあうシーンがあります。ご注意ください。



 マリット、という名をつけたのは、孤児院の中で一番年下の、頭部が虎の男の子。名はリードといった。


『マリット、マリェ、ト、あぁ、今日も上手く言えない!』

『リじゃなくて、マット。もう、領主様がつけてくれた大事なアタシの名前よ? アタシの誇りなんだから、言えるようになってよね』


 マリットもとい、マレットは反魔界の孤児院で一番の年長者で、みんなのお姉さんだった。


 彼女に親はいない。魔法界の者がひっそりと潜入し、反魔界の町はずれに捨てていった赤子を、孤児院のシスターが偶然拾ってここに来た。


 この地を治める幻獣生物族の領主から、マレットの名をもらった。打楽器を叩く道具の名前だ。


 この孤児院の者はみな、名を領主から貰い、全員が音楽に関する名前だった。領主は音楽をこよなく愛する芸術家気質の気のいい男で、孤児院へ多額の寄付だけでなく、たびたび子供たちに会いに来ては遊んで、贅沢品の楽器や楽譜などを置いていった。孤児院の全員で、寄付された楽器で演奏会を開いて招待した時は、彼は「素晴らしい!」と何度もアンコールをせがんだ。そのあとシスターに叱られていた。


 当時の反魔界は未開拓の土地が多く、魔法界に比べて随分と貧しかった。当然、子供が生きていくにはたくさん働く必要があった。マレットももちろん働いた。


 人型の顔をしていることで知らない人から軽んじられたり、理不尽な目にあったりしたこともあった。何より、当時「怪人」と呼ばれていた反魔界の民は、生まれながらに、属性魔法だけでなくひとり一種類の特別魔法が使えた。けれど、マレットはできない。魔法界出身のマレットは、彼らとは違う生き物だから。魔法少女にならないと、特別魔法が使えない生き物だから。


 でも、幸せだった。大好きなシスターと、たまに来てくれる優しい領主様、ひとり残らず大好きな孤児院の仲間たち。彼らさえ居ればもう何もいらなかった。


 そう、心から思っていたのに。


『みんな早く裏口から逃げて!』


 あの夜、魔法界屈指の偉大な魔法少女が、教え子と一部の部下と共に、クーデターを起こした。クーデターの目的は「怪人の選民」。魔法界に有用な怪人以外を、殺すこと。


 大型の怪物に襲われる、火のついた街を見て、シスターは全員に避難を促した。


『シスターは!? シスターも早く! 一緒に行かないと!』

『マレット、あなたはとても賢い。そしてこの中で唯一の魔法界の者。だから、あなたにみんなを託すわ』

『何言ってるの!? アタシにできるわけない!』

『やるのよ、絶対大丈夫。この孤児院は私の誇り。みんなは私の誇りだからね。もちろん、あなたも』


 シスターが何かを察したように振り向く。孤児院の中にはもう、クーデターを起こした派閥の、魔法少女や騎士がやって来ていた。


『ありがとう、マレット』


 マレットはどん、と突き飛ばされる。シスターはマレットと己を隔てるように、大きな四角い氷の壁を張った。


『全員捕らえろ! 一匹も逃がすな!』


 マレットは唇を血が出そうなほど噛みしめ、涙を拭う。皆を先導し、走り始めた。振り返ることができなかった。遠くから聞こえる、孤児院が破壊される音から逃げて、逃げて。パニックになる子を落ち着かせて、もう走れないと泣き出す子の手を引いて、走り出す。


 領主様なら助けてくれるかもしれない。子供たちは領主の屋敷を目指した。音楽が大好きで、優しい優しい領主様なら、きっと。


 領主の屋敷は街の近くにあったが、傷ひとつなく、無事であった。


『みな、こちらへ来なさい。大丈夫、もう怖い思いはさせない』


 領主は真面目な顔で皆を屋敷に迎え入れた。


 このときのことを、マレットは一生後悔することになる。


『マレット、君は優秀だとから聞いているよ。だから、ここで見ていなさい』


 屋敷の一室に用意された、得体のしれない巨大な魔法陣。その上にマレット以外の全員が集められた。マレットは領主の長男に手を繋がれて、魔法陣の外で戸惑いながら見ていた。


 今思えば、色々とおかしかった。領主とは何度も会っているのに急に態度が冷たくなっていたし、街が燃えているのにこの屋敷は傷一つないし。何より、領主の「この男の記憶」という発言。


____なんだか領主様、怖い。まるで別人になったような、そんなことあり得ないのに。


 でも、領主への今までの恩と、一緒に紡いできた思い出が、きっと何か考えがあるのだろう、なんて思考に陥れた。


『さぁ君たちは今から魔法界でも通用する見た目になる。大丈夫、君たちはもう、怪人じゃない。___怪物だ』

『な、領主様!?』


 マレットの声を掻き消すように、ぶうん、と魔法陣が発動する。子供たちは驚いて悲鳴を上げたり、魔法陣の外に出ようとするが、もう遅かった。


『う、うわああああああああ!!』


 子供たちは次々に頭を抱える。子供たちの身体がめきめきめき! と成長し、大人になり、やがて老人になる。


『やめて!! やめてください領主様!! みんな、みんな!!』

『ま、まり、っと』

『リード!! 領主様お願いやめて!! みんなを助けて!!』


 マレットがいくら泣き叫んでも虚しく、次々にみな倒れていき、とうとう最後、リードの身体がばたり、と倒れる。魔法陣の中で地獄が広がっていく。老人を通り越して骨になる者、そして、泥のような身体や、大きな口がある蛍光色の、怪物になる者。もうひとり残らず、元の形を保っていない。


 隣で手を繋いでいた領主の長男が笑い声をあげる。手を振り払ってマレットは涙を流しながら、睨みつけた。


『はは、君の兄弟たちは魔法界の『あの御方』に献上するよ。よくやったな、下がれ』

『はっ』


 領主だった者が頭を下げて、部屋をあとにする。ありえないと思っていた予想は、一番悲しい裏切り方をして、現実になった。


『……本物の領主様はどこ?』

『君の兄弟と同じところさ。おかげで俺は、クーデターを起こしたあの御方に認められることができた。あの偽善者の父親もどき、少しは役に立ったよ』

『ふざけるな!!』


 声を荒げて、なんでもいいから魔法でこいつを殺そうと手を伸ばす。


 けれど手は届かず、マレットは顔に拳を振るわれ、床に倒れる。


『恨むなら魔法界の貴族たちを恨むといい。あの御方がこの正義の挙兵をしたのは、魔法界に裏切られたからだ』

『ど、どういう、ことよ』

『君は特別賢いんだろう? なら、己で探るといい』


 男はそう言って、言葉を失い怪物になった兄弟たちを、魔法で次々と瞬間移動させる。そしてすぐに、己もしゅん、と軽い音とともに忽然と姿を消した。

 

 一人取り残されたマレットは、ふらりと立ち上がる。とめどなく涙があふれて、もう拭う気力も残っていない。


 ____ごめんね、シスター。みんなのことを守りきれなかった。


『この孤児院は私の誇り。みんなは私の誇りだからね』


 もうみんなのあとを追いたいと絶望した。でも脳裏によぎった言葉が、萎れた心に、ぐっと力を与える。


 _____そうだよね。そう、そうだわ。アタシがやらなくちゃ。アタシはお姉ちゃんだもの。


 マレットはリードだった骨を拾い、歯を食いしばって握りしめた。


 ____泥水をすすってでも、消えないほどに返り血を浴びてでも、生き延びてやる。真実を見つけて、兄弟たちを殺した全てに天罰を。それが、アタシだけが生き残った意味!


 マレットの業火のごとく燃え盛る想いは、ここからはじまった。

 

 クーデターは多くの犠牲者と、魔法界と反魔界の因縁を残して打破された。主犯格の魔法少女は、反魔界に友好的な人物だったが、それは演技だった。その事実は、罪のない民間人を虐殺された反魔界の人々の反感を買うのに十分だった。

 

 けれど魔法界が復興を大々的に支援するとともに、国を挙げて取引などをすることが決まった。マレットは混乱する世の中に紛れ、魔法界に潜入する。


 裏社会で持ち前の賢さで器用に生き残り、その才を見初められて、とある家の養子として迎え入れられた。


 裏社会で知ったクーデターの真相は、とてもお粗末なものだった。


 クーデターの主犯である、魔法界で一番の魔法少女は、サニーに強い恨みを抱いていた。その理由は、反魔界との友好的な関係を築こうとするサニーの偽善さに反吐が出ていたとか。


『怪人がやがて怪物になるのなら、魔法界に有用な怪人以外は、全て殺せばいいではないか』


 そんな傲慢な考えに賛同するものが、王城に何人もいた。そして起こったのがこのクーデターだ。


 クーデターでは魔法界側も犠牲者が出た。元老院のものたち全員、サニー派の騎士や魔法少女たち。


 だというのにサニーは、クーデターを沈めた英雄、カワタレを使って民衆の気を引き、反魔界との関係を修復しようとする。反魔界は当然反対したが、貧しいうえ、多くの命まで失った反魔界には拒否権はなかった。


 集めた国税を反魔界に使えば当然民衆からの反発もあるだろうし、またクーデターを企てるような貴族が現れるかもしれない。そのうえ、反魔界の者たちは魔法界の者を恨んでいる。そんな者たちが仲良く手を取りあうなんて夢物語だ。


『恨むなら魔法界の貴族たちを恨むといい。あの御方がこの正義の挙兵をしたのは、魔法界に裏切られたからだ』


 _____忌々しいあの男の言葉は、本当だったんだ。なら、アタシが殺すべきやつらは、アタシの正義は、あの男だけじゃなく、この愚かな世界に向かって下すんだ。


 やがて、魔法界の魔法少女の検定試験に、首席で合格した魔法少女がいた。首席の者は魔法界の王城で、女王にお目通りいただくことができる。


「あなた、名前は?」


 サニーの問いに、黒髪の美しい魔法少女が顔を上げる。その瞳の奥の奥の奥には、目の前の女王への憎悪が煮えたぎっている。


 彼女は恐ろしいぐらいに完璧な笑みで、口を開く。


「マットと申します」

  


「ははは! もう終わりぃ? アタシ急いでるから助かるわ。さっさと片付けたいのよ、目障りなあんたのこと!」


 本性を露わにしたマリットに、カワタレは苦戦していた。


 雅もルナもゲンも、クラロイドも、この結界の中にはいない。4人にはこの近隣に大量に出没した、怪物退治の応援に向かってもらった。

 

 ____マリットがここまで想定しているとは。

 

 マリットは頭が切れるうえ、用心深かった。マリットの特別魔法は、紙に書いてある己が描いた絵を実体化させ、自由に動かす魔法。サニーの命でスパイ活動をしていたクラロイドを捕らえる、というカワタレたちのダミーの作戦で、クラロイドの命を敢えて助け、これからも利用する予定だったのだろう。その証拠に、大量の武器が描かれた絵を何十枚も隠し持っていた。


 英雄たるカワタレも、さすがに何百という武器を魔法で防いだり弾いたりすることに、限界を感じていた。だが応援に向かった4人を呼び戻すわけにはいかない。潜入していたクラロイドが掴んだ話では、この辺りに集中的に怪物を放つ予定で、現にその通りになっている。


 マリットはもう無関係の人間も、そしてカワタレたちのことも、殺す気でいるのだ。


「あぁ、あんたにも同情するわ。サニーと仲良くないんでしょ? 勝手に英雄扱いされて怒りを感じているんでしょ?」

「はっ、だったらなんだ?」

「あんたもアタシたちの仲間に入れてあげてもよかったのよ。でもね、ムカついてムカついて。だって、アタシのあの子を口説いて、目障りで、目障りで!」

「……お前の急いでるっていう目的は、王城に行ってサニー様を殺すことと、くれなちゃんを仲間に引き込むことか」

「それ以外にある?」


 何のためらいもなく、マリットは首を傾げる。


「サニーの罪を、真実を知れば、あの子はアタシのものになってくれるかもしれない……いいえ、あの子は出会ったあの日からアタシのものよ。あの子はサニーが止められなかった、クーデターの被害者。アタシと同じ、ね」


 頬を染めるマリットは、どこか狂気じみている。きっとこちらが、マリットの本来の性格なのだろう。


「だからってくれなちゃんが、お前につくとは限らないさ」

「いいえ。そうなるの。あんたの死体を見せて、『サニーの所為でこうなった』って言えばね」

「……夢見がちが過ぎて、もう笑えねえよ」


 カワタレは斧を手に取り、駆けだす。再びふたりの、武器がけたたましい音を立てて交わる。


 マリットにとって、くれなは一等星だった。


 最初に出会った遊園地で、マリットの所属する過激派勢力とはまた違う、過激派団体が送り込んだのが、あの怪物たちだった。過激派勢力の中でも派閥争いがあった。そのときはちょうど、マリットお抱えの情報屋が魔法界に捕らえられたばかりで、情報が入ってこなかった。そこを襲われた。


『……はは、こんなの、聞いてないけど……』


 思わず声を漏らしていた。こんなつまらない形で命が終わるなら、もう隠し持っていた魔法界の禁止薬物を飲んで、魔力を増幅させて全てぶっ壊してしまおう。


 そんなことを思った時、一等星が降ってきた。


 マリットは彼女に、くれなに引き込まれた。頼りになる背中、舞うように敵を殲滅する戦いぶり。昔リードが好きだった、絵本の主人公みたいだと、見とれてしまった。


 くれなの為人を知れば知るほど、傍にいてほしいと思うようになった。普段は決して強くはないのに、いざというときは真っ直ぐに声を放ち、敵を倒す。


 ずっと独りで野望を果たす気でいた。でも、くれなが傍にいてくれたら、と願う自分に気づいていた。


 だから、くれなのことを調査していくうちに、彼女がこの世界の人間ではないこと、クーデターの際に使われた禁止されている魔法、世界線を書き換える魔法で連れてこられた人間だったと知って、花が咲くように嬉しかった。


 ____これを上手く使えば、あの子をアタシのものにできる。


 なのに、あの女が邪魔をする。忌々しい、英雄様が。


 マリットは隠し持っていた10枚の絵に魔力を込めた。そこから無数の刃物とマシンガンが出て、魔法の力で同時にカワタレへと放たれる。


 カワタレは防ぎきれず、口から血を吐いて片膝をついた。


 ____こうなったら、自爆でもして、どうにかするか。


 これ以上ダメージを受けては、結界が溶けてマリットが仲間たちを殺し、サニーを殺し、そして、くれなに会ってしまう。それだけは絶対、絶対に避けたい。


 カワタレは歯を食いしばり、斧を持つ手に力を込める。斧がビキビキ! と音を立て、今にも爆発しそうな魔法の力を受け止める。


「____自爆ね。面白いわ。最期に言い残すことはある?」

「同士として言ってやろう。お前はあの子とは、一生片想いで終わるんだよ」


 ____カワタレさん!


 遠くから幻聴が聞こえる。都合のいい鼓膜をしているな、とカワタレは自分自身を嘲る。


 _____待って! いかないで!


 今にも爆発しそうな斧を手に、カワタレは振り返る。


 脆くなったカワタレの張った結界の上に、新たな結界が張られている。そのこの世界では異質な魔力は間違いない。くれなのもの。


 脆くなった結界を破り、赤髪の魔法少女が飛び込んできた。


「カワタレさん!!」


 くれなの必死な顔を見て、カワタレは驚きで目を見開く。そしてすぐに、微笑んだ。


「大人しく返納されるような根性してないか、君は」


 カワタレはくれなの足元に、魔法陣を広げ、氷の壁を作る。くれなを守るように。


 そして爆弾のように魔力が閉じ込められた斧を手に、マリットに突撃した。



 

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