22話(アカネside)あの女の復讐


 ___こんなはずじゃなかった。


 アカネはカタカタと震えて、その場にへたりと座り込む。


 足元から崩れていく感覚が止まない。


 自分は薄っぺらい氷の上にいたのだと、今更気づいた。



 数刻前、異変は始まった。


人型の怪物が出たから、全員すぐに来てくれ。そう連絡が来て、しぶしぶ腰を上げてやった。


 今思えば少し担当者の声もおかしかった。何かに怯えたような、そんな声。後ろでは誰かが「申し訳ありません、申し訳ありません」と誰かに謝る声が響いていた。

 

 そしてスカーレット・スワンの3人は指定された場所、人目のつかない河川敷についた。だが、人型の怪物なんてものはいなかった。


 アカネは盛大な舌打ちをして頭を掻いた。


「あぁもう! どういうこと!? 愛花、連絡とって。勘違いでしたなんて言いやがったら、事務所に殴り込んでやる」

「は、はいっ」


 まさか、いたずら? なんて考えて、アカネは長い爪を噛む。


 ___勘弁してよ。愛花が「あの女がスカウトされてた」なんてつまんない嘘言うわ、喜美に鬼電されるわで、こっちは疲れてんのよ?


 満身創痍、なんて言葉が似合うほどに、彼女らは追い詰められている。


 喜美は薬のおかげで、力こそあれど、感情のコントロールがますますできなくなった。それでもアカネのことは未だ狂気的なほどに信用しているし、唯一の生きる目的と言っていいほどに依存していた。


『アカネは私のこと好きだよね? 一緒に魔法界で暮らすんだよね? 海の見える家はどうかな? あは、あははははは!』


 毎日電話でそんなことを言われる日々。着信拒否にすると家まで怒鳴り込んでくるから、適当に相槌をうって片付けている。


 だが今日は、喜美は落ち着いていた。昨日追加の薬を渡したからだろう。薬さえ与えておけばなんとかなるから、アカネはだんだん魚に餌を与えるような気分で、友達だったモノに接していた。


「アカネ、あれ何かな?」


 喜美が雲一つない青空を指差す。アカネも顔を上げる。


 そこには、空を飛ぶ列車があった。綺麗な星屑を撒き散らす、豪華な列車。


 列車はゆるりと減速し、河川敷の橋の下に到着する。ぷしゅう、と扉が開く音がする。だが誰も降りてこない。


「アカネ、もしかして、魔法界のスカウトじゃない!?」


 喜美が自分のことのように、明るい笑顔で言った。


 スカウト。空飛ぶ列車なんてきっと、魔法界くらいにしかない。それに怪物もいないのに呼び出されたということは。

 

「……は、ふふ、あははは! そうかも!」


 アカネは笑い声を上げた。喜美と目を合わせ、ふたりで列車に向かって歩き出す。愛花が電話をしながら「待ってください!」と言うが、そんなもの気にしない。だってこの子はもう、いらない子だから。


 そんな身勝手で傲慢な考えのまま、列車の近くまで来た、刹那だった。


「【魔の力よ、魔を持つものを受け入れ、隠し、包め】」

 

 どこからか声がした。


 数秒後、結界がじわじわと上から広がってくる。アカネは魔力の気配に気づき足を止めた。


「ちょっと愛花、結界なんか張ってどういうつもり___」


 声は途切れた。


 ビュウッ! と音を立てて突風が吹く。アカネたち3人は吹き飛ばされた。


「きゃああああああああ!」


 何かに背がぶつかり、地に倒れる。いたた、と体を起こす。振り返ると、そこには大きな壁があった。いや、壁ではないと、アカネはすぐに気がつく。


「ちょっと愛花! 結界どうにかしなさいよ!」

「私じゃないです! それより、せ、先輩、あれ……!」


 愛花が指差す、風が吹いてきた方向に目をやる。


 そこには化石の頭をした人型の生き物が、こちらを立ったまま見つめていた。


「我は魔法界の役人だ。貴様ら、反魔界と通じていたな?」

「なっ……」

「罪を認めろ。無駄な抵抗をせず大人しく従えば、命だけは助けてやる」

 

 淡々とした口調の生き物に、アカネは額に汗を滲ませた。思案を素早く巡らせる。


 連絡のあった人型の怪物。こんな生き物見たことない。明らかにこいつのことだ。きっと反魔界のやつが勝手に魔法界の役人を名乗っているだけだ。妄言を相手にする必要はない。


 しかし自分達と内通者のことを知っているのはいただけない。どっちにしろこいつは生かしては置けない。


 アカネはひとつの切り札を隠し持っていた。昨日、内通者から受け取った、魔力の増幅装置である指輪。これをつければ、副作用無しで大抵のやつらを亡き者にできる。


 なら、こいつで試してみよう。


「わざわざ来ていただいたところ申し訳ありませんが、何かの間違いです! 私たちは清く正しく、正義を守るため戦ってきました」


 アカネは眉を下げ、涙目で訴える。


「あなたはお一人ですか?」


 生き物は何も答えない。


「よろしければゆっくりお話ししましょう?」


 アカネは手を後ろに回して、指輪を人差し指に嵌める。


 そして、目にも止まらぬ速さで駆け出した。


 武器であるピンク色の刃の扇を出して、生き物に向かって思い切り振るう。


「死ね!!」


 謎の生き物の、息の根が止まる、


 はずだったのに。



「なんだ、この程度か?」


 3人はぜぇぜぇと息を吐く。


 アカネの指輪で強化されたはずの力も、いとも簡単に跳ね返される。もう心が折れそうなほど攻撃しているが、全く効いていない。


 化石のような頭の謎の男は、喜美と愛花が2人同時に襲いかかっても、何をしても顔色ひとつ変えずに返り討ちにしてしまう。


「くっ、愛花、まだ応援呼べないの!?」

「無理です! わ、私たちのものじゃないこの結界が何しても壊れなくて……! この空間から出られないです!」

 

 アカネは盛大に舌打ちをする。喜美はもう気を失っていて使い物にならないし、もうどうしようもできない。


 死の足音が近い。襲おうとしたのはこちらからだから、話し合いなんて今更通じないだろう。


  ____この私がこんな目に遭うなんて、全部役立たずなこいつらのせいだ。


 どこまでも自分に非がないと思い込むアカネ。化石頭の男が歩いてくる。後退りしても、距離が徐々に近づいている。


 許さない、役立たず、役立たず役立たず役立たず。


 ただひとつの単語を、繰り返していたときだった。


「……そろそろか」


 男の声とともに、結界が水のようにだらりと垂れて、薄れて消えていく。


 結界が消えた先の風景に、誰かが立っている。


「あぁよかった。死んではいないようだな」


 穏やかに、かつ堂々と笑う綺麗な人。鮮やかな黄緑色の髪、モデルのように高い背、ぴったりと美しい身体のラインに合わせたスーツ、深緑色の肩がけマント。男か女かわからない中性的な容姿と声だが、今は性別なんか構やしない。


 謎の生き物は攻撃せず、片膝を地について頭を下げた。


「致命傷になるほどの怪我はないか? 桃頭アカネ」

「……は、はい!」


 己に微笑みかける綺麗な人に、笑みを浮かべて返す。


 助けに来てくれた。それもこんなに強そうな、かっこいい、王子様のような綺麗な人が。


 綺麗な人は、アカネに白く美しい手を差し出す。まるで映画のワンシーンのようだ。


 ___あぁ、ここから始まるんだ。私の幸せな物語が!


 アカネは目の前の救いの手に、己の手を重ねた。


 目の前の人は、ぐい、と手を引く。


 その人のダイヤモンドのような瞳に、もう笑顔はなかった。


「桃頭アカネ、貴様を魔法界へ連行する。貴様の罪は重い。覚悟して沙汰を待て」

「……え?」


 呆気に取られたまま、アカネは何も言えない。


「ゲン、ご苦労だった」

「いえ。この程度の三下、カワタレ様が出る幕ではございません」

「な、アンタたちグルだったの!? そこの怪物ひとりだって言ってたじゃない!」

「我は何も言っていない。勘違いしたのはお前だろう?」


 アカネはぐっと言葉をつぐむ。


「貴様の罪状は、私の大切な人で、優秀な部下のひとりが説明してくれる。心して聞け。出てきてくれ、___くれな」


 カワタレと名乗った人の言葉に、アカネは眉間に皺を寄せる。


 くれな。


 まさか。


「カワタレ様、わたくしの元同僚が、無礼極まりない言葉を吐いたこと、お詫びいたします。申し訳ございません」


 背筋を伸ばして堂々と、彼女が歩いてくる。赤須くれな、本人が。


「このクソ女___」

「君が謝る必要はない。今や君はもう魔法界にスカウトされ、英雄と称される私の片腕。過去など関係ないさ」


 アカネは言いかけた声を引っ込めて、呆然とする。


 くれなは手元の書類を見ながら、淡々とアカネたちの罪状を読み上げていく。けれど、膝から崩れ落ちたアカネには全く届かない。死んだはずのおもちゃが、自分が欲しかったものを手に入れている。その現実に、もうわけがわからないのだ。


 くれなは罪状を読み終え、アカネを真っ直ぐに見る。もう怯えも恐れもない、鋭い眼差し。

 

 ___お前は一生私のおもちゃでいればよかったのに!!


「ふざけんな!!」

「あ、あかねせんぱい、落ちついて」

「ふざけんなふざけんなふざけんな!!」


 アカネは顔を真っ赤にして、くれなを指差した。


「お前! そこの弱っちいクソ女が! 逃げたせいでこんなことになってんだよ! わかってんのか!? 自分が悪いと思わねえのかボケ!」

「……ゲン」

「はっ」


 大股歩きでゲンがアカネに近寄る。


「な、来るなバケモノ! キモイんだよ!」


 ゲンは歩みを止めない。バケモノと呼ばれても痛くも痒くもない。


 けれど、誰も予想しなかったひとりが、アカネの前へつかつかと歩いていく。


 くれなは冷静を装いながらも、怒りを隠しきれていなかった。


「撤回しなさい」


 くれなの声はこの場にいる誰もが聞いたことがないくらい、怒りを含んでいた。


「あなたがバケモノ呼ばわりした方は魔法界でも数少ない浮遊魔法の使い手であり、魔法少女返納列車のかけがえのない、大事な一員です。彼に謝りなさい、今すぐに」

「はぁ!? なんの真似だよ、気持ち悪い喋り方すんな! 調子乗ってんじゃねぇ!」

「くれな、ありがとう。こんな犯罪者にバケモノ呼ばわりされようが、我は痛くも痒くもない」


 ゲンとくれなは目を合わせて微笑む。


 アカネはうだうだとたじろぎながら、口を開く。


「犯罪なんかしてない! 大体証拠は!? 私は何もしてない! 喜美か愛花が勝手になんかやったんだろ!」


 アカネは声を荒げる。でもくれなもゲンも全く怯まない。


 カワタレは大きなため息をつき、左手を上げた。


「証拠ならある。ルナ、頼む」


 カワタレの声とともに、何もなかったはずのところに、紫色の髪の魔法少女が現れた。


「はい、カワタレ様」


 ルナの姿を見て、愛花が「あの人は……!」とまずいものを見たかのように口元に手を当て驚いた。


 ルナは特別魔法を発動し、映像を上空に映し出す。


 そこには、アカネたちの所業すべてが映っていた。反魔界の過激派勢力と取引する場面、魔法界の禁止薬物である魔力を増幅する液体を接種する場面、愛花が魔法界の応援を呼んだにも関わらず、真っ先に動くべきリーダーのアカネが、喫茶店で時間を潰している場面。


 これらはクイーンの使い魔である蝶が集めた映像を、ルナが特別魔法で録画したものだった。


 さらに先ほど、反魔界の指輪をはめたアカネの姿も映像として残っている。


「貴様がつけたこの指輪は、反魔界の親魔法界派の名家が、過激派勢力に襲われた際に奪われたものだ」


 ルナは淡々と告げる。アカネは一生知ることはないが、先ほど結界を張ったのはルナだ。自身の姿を透明にする魔法のローブを纏いながら、結界を張ってアカネたちを閉じ込め、特別魔法で録画を開始した。

 

 アカネの視界が暗くなっていく。どうして、どうしてこうなった。行き場のない疑問ばかり浮かんで、何も考えられない。


 ___全部全部、あの女が。


「許さない、許さないからな、赤須!!」


 アカネはつん裂くような大声を上げ、くれなを睨みつける。


「私はこんなに困ってるのに、助けにくるどころかとどめを刺しに来るなんて! 正義の味方ぶってるけど、ただ単に私に逆恨みしてるだけでしょ! 卑怯者! 権力の化物!」

「かわいそうな魔法少女だな、貴様は」


 カワタレがひどく冷ややかな声と、視線を向けた。


「怒りを通り越して哀れだ。自分の弱さに気が付かず、人に対する尊重という気持ちが欠片もない。何よりも、自分と少しでも違う性格や考えの者に対しては暴言を吐いても、なんでもしていいと思っている。実力不足であることも自覚しない分際で、自分が一番偉いと勘違いしているとは、まるで外を知らぬ子供だな」


 哀れと言う割には、カワタレの眼差しには温かみも情も何もない。ただ、怒りが静かに、確かにそこにある。


「図に乗るなよ。私たちに権力があるのも、私たちがそれぞれの苦難を乗り越え手に入れた立場と力。私の愛しいくれなが強いのも、貴様らが虐げてきたせいで死に物狂いで強くならねばならなかったから、手に入れた力。貴様らがここで社会的に終わるのも、反魔界と通じて魔法界に逆らったから。全ては因果応報、行動によって決まった運命なのだ」

「な、何が言いたいの」


 カワタレは右手を上げて合図する。


 くれなは特別魔法を発動し、指から糸を出して、しゅるる! とアカネを捕縛した。


「なに、何よこれ! 外せ! 暴力でしょこれ! 愛花、外すの手伝いなさいよ!」


 愛花を睨みつけるように視線を向ける。だが、そんなこと言っていられる状況ではなかった。


 愛花は雅とマリットに取り押さえられ、地に伏していた。


「ごめんなさい……アカネ先輩に言われて仕方なく、ごめんなさい」


 泣きじゃくる声だけが結界に響く。


 もう反論が頭に浮かばないアカネに歩み寄り、カワタレがとどめを刺しに行く。


「楽しかったか? 反魔界の甘言にのって、贅の限りを尽くした日々は。貴様らは反魔界に加担した。その所為でもしかしたら怪物で気をおかしくした一般人がいたかもしれない。あぁ、予想の話では貴様らの脳みそには届かないか。では事実を言おう」


 低い声が淡々と、絶望の階段を作っていく。そこを降りていくことしか、アカネはできない。


「貴様らが加担した反魔界の勢力は、数多の怪物を人間界に送り、数多の罪のない人々を襲い、数多の魔法少女のかけがえのない命を刈り取った。魔法少女の死体を見たことはあるか? 血まみれになっても戦う魔法少女を見たことがあるか? 怪物が出るたび応援を呼んで魔法界の貴重な戦力を消耗させた感想は? なぁ、私にもその醜い行為の感想と言い訳を言ってくれ。言えるものならな」


 怖い、でも、だって。


 アカネは唇を震わせる。


「う、うるさいうるさい!! 私は悪くない!! 許さないからな赤須くれな! 殺してやる! 絶対、絶対!!」


 はぁ、はぁ、と息を切らす。


 カワタレがそっと、アカネの首に人差し指を当てた。


「殺してやるだと? はは、やってみろよゴミ屑女」


 綺麗な顔から放たれる、容赦のない言葉。


 カワタレは逆鱗に触れられた龍のような禍々しさ纏い、アカネの胸ぐらを掴んだ。


「私の愛しいくれなちゃんにこれ以上刃を向けてみろ、地獄の底まで追いかけて、泣き叫ぼうがためらいなく、見るも無惨に殺してやる」


 アカネはカタカタと震え、小刻みに頷く。


「こいつらを連行する。みんな、行くぞ」


 カワタレはアカネに背を向け歩き出す。


 スカーレット・スワンはこうして、己の行いによる自業自得で、崩壊した。


 


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