19話 お迎え

 買い物を中断し、くれなとルナとマリットは事務所に帰ってきた。


 その日の夕刻、ルナは買い出しに行っていたクイーンとカワタレにも、愛花の件を報告した。くれなが愛花と再会したこと、そして愛花がくれな罵倒したのち、助けてくださいと縋ってきたことを知ったカワタレは、それはそれは大変なほど怒り狂った。


「脳天かち割りに行く」

「僕もお供します」

「カワタレくん、ルナくん、証拠不十分のまま手を出したら負けだよ。負けだから、斧と苦無を高速で素振りするのはやめようね」

「じゃあ片腕」

「部位の問題じゃないから」


 けっして広いとは言えない事務所の中、ひゅんひゅんと武器で風を切る音が鳴っている。


 席に座るクイーンが再び注意し、ようやく武器を魔法で消したふたり。カワタレは「ああ! イライラする!」と低い声をあげて、どかりとソファに座った。


「くれなちゃんに直接接触してきやがるとはな。偶然ってのは本当厄介だ。よくない偶然ほどよく起こるんだから、勘弁してほしいな」

「本当、せっかくくれなくんのどうしよう怪物も落ち着いてきた頃だったのにね。おじさんも腹が立ってきた」

「クイーン様も行きます? 血祭り」

「うーんまずいな、僕は止めるべき立場なのに、その楽しい楽しい心躍るお祭りに行きたくなってしまったよ」


 クイーンとくれなはお土産仲間として、最近は魔法界の美味しいお取り寄せグルメを一緒に頼んで食べたりなど、仲良く過ごしていた。クイーンは魔法界に家があるので、この事務所の3階で寝泊まりはしていない。けれど、この本部の職員は妹や娘のように思っている。もちろん、くれなのことも。


「くれなくんはどこ?」

「下でマリットと雅と、コインランドリーの集金作業してもらってる。本人が『何かしてた方が気が紛れるから』ってさ」


 カワタレはがしがしと頭を掻く。


「よし、明日はクイーンさんが美味しいユニコーン堂のケーキを買ってきてあげよう。ルナくんには特別に2個おまけして、12個あげよう」

「いいんですかぁ!?」

「くれなくんの元同僚にお灸をすえたご褒美だよ。そうだ、コインランドリーにいる3人にも何ケーキがいいか、今から聞いてきてくれるかい?」

「やったー! 僕ってば優秀でしょ!? 下にいってきまーす!」


 たたたっと、軽い足取りでルナが駆けていく。


 カワタレはルナが部屋を出たのを確認して、コツコツとヒールを鳴らして、クイーンの座るデスクへと歩み寄る。クイーンがルナにケーキの話をしたのは、ルナに聞かせられない話があるからだ。


「じゃあカワタレ様は13個」

「はいはい、カワタレくんは今度ご褒美チャンスをあげよう」


 クイーンはふっと、口角を上げる。


「僕は明日から、魔法界に出張する。書状を貰ってくるよ。くれなくんの元同僚とは名ばかりの犯罪者たちの、逮捕状だ」

「もうすぐ、復讐のときが来るってわけか。わかった、このカワタレ様が確実に任務を遂行してやる」

「言っておくけど殺しちゃダメだからね」


 カワタレは視線を逸らして「善処しまーす」と間延びした声を返す。これは期待できないな、とクイーンは察する。


「ただ、ずっと前から気になっていたことがあってね」


 クイーンは指をくい、と回して、蝶を一匹窓から放した。クイーンの特別魔法である『隠密蝶』だ。要するに使い魔を自由に生成する能力。しかも情報をリアルタイムで集めてはクイーンに共有し、見た光景を映像に残して手元に戻ってくるという利点がある。ただもちろん蝶なのは変わりないので、寿命が尽きると情報も見ることができなくなるというマイナス面もある。そのため、くれなの元チームメイトに関することを調べても証拠として提出できないことを、クイーンは歯痒く思っていた。


 クイーンは蝶の一匹が見張っている、近藤愛花の今の状況をデスクに映し出す。近藤愛花は疲れた顔で、怪しい小瓶の薬を飲んでいた。


「何故、反魔界の勢力はくれなくんの元同僚に目を付けたんだろう。僕の使い魔を使って調べても、他県では人間界の魔法少女が反魔界と内通しているなんてこと一切なかった。他の魔法少女チームに目もくれず、あそこだけっていうのは不自然極まりない。つまり」

「……確実に、くれなちゃんがこの世界の人間じゃないことを知っているからだろうな」

「はぁ。やっぱりそうか」


 クイーンもカワタレの上司として、もちろんくれなの事情は知っていた。


「でもくれなちゃんのことは機密事項中の機密事項だが。知っているのは国に10人もいない」

「なら、答えは一択じゃないか」


 デスクに肘をつき、クイーンは強面の顔に覇気を滲ませる。


「その10人足らずの中にあちら側の、裏切り者がいるってことだよ」



「いつかくれなは、自分ひとりで決断することになんのためらいもなくなると、いいよね」


 くれながコインランドリーの両替機に、100円玉を補充しているときだった。マリットの声は淡々としているが、くれなの背を押すような力強さがあった。


「……うん。私も、自信をつけたい」


 頷くと、そっと背後から雅が、くれなの両肩を両手で包んだ。


「マリットったら、厳しいわねぇ。くれなちゃんは今、元チームメイトさんに会って傷心中なのに」

「そ、それは分かっています。話は最後まで聞いてください」


 マリットは口元を押さえて咳払いをする。


「決断できるようになるまで、私はずっと手伝うって言いたかったんです。もしかしたら今度は、私とルナがいないときにあの元チームメイトの馬鹿女どもに会うかもしれないでしょう?」

「うん……そうかも」


 くれなは頷く。元チームメイトの馬鹿女ども呼びをする辺り、まだマリットは怒っているようだ。


 マリットは優しく、くれなの背を手で押す。


「そのときに、ひとりで自信をもって決断して、ひとりで自信をもって行動できるようにするといいかもねってこと。傷つくななんて言わないから、胸を張って行動してみてよ。そうすれば、きっといいことは起こるはずだから。……なんて、えらそうにいっちゃうけどさ」


 マリットは少し照れくさそうに、ふい、と視線を逸らす。彼女の声はしっかりと芯があって、くれなに対する思いやりに溢れていた。


 くれなは唇を折ってすぐに戻し、服の胸の辺りに手を当てる。決心するかのように。


「私、もっと堂々とする。カワタレさんみたいに」

「あの人は異常中の異常だから見習わなくていいよ」

「えぇ……?」


 マリットの「あの人には絶対似ないで」と訴える瞳に、動揺の声を漏らした。


 雅が、ふふふと品よく微笑みながら、マリットの頭を撫でる。


「要するにマリットは心配なのね?」

「まぁ、そうですけど」

「大好きだものねぇ。くれなちゃんのこと」

「もっ、もう雅さんは黙っててください!」


 雅の手を払い、マリットは作業に戻る。くれなは雅と目を合わせて、ふたりで笑みを零した。


 大事な友達がくれたこの温かな気持ちと、己の固い決心を絶対、忘れないようにしよう。来るべきときは、自分の意志で自信をもって、決断できるように。くれなはまたひとつ、心に刻んだ。



 深夜3時、突然のことだった。


 どんどんどん! とドアを叩く音がする。くれなは重たい瞼を開けて、すぐに寝返りをうったのち、また瞼を閉じた。


「くれなちゃーん! お仕事のお時間だよー!」


 ゲンのドアをも貫通するような大声で、はっと目が覚める。


 仕事、の単語でびっくりするほど目が冴えた。飛び起きたくれなはベッドから飛び降り、ドアを開ける。


「おは、おはようございます」

「おはよう『すぎる』ございます! 仕事だって! 今から! 説明は移動しながらしまーす!」

「分かりました、すぐ行きま……ふわぁ」

「欠伸止まんないよねー。階段とこ暗いから、足元気を付けて屋上来てね! 朝ご飯は帰りにどっか寄ろ!」

「はい……」


 ゲンはひらひらと手を振って、ドアを閉める。日もまだ昇らないというのに、よくあんなに元気な声が出るなと思う。


 魔法でスウェットから魔法装束に着替える。櫛で髪を整えて、鏡を見てから部屋を出る。


「いい加減にしなさい!」


 隣のルナの部屋から、怒った雅の声が聞こえた。くれなはとことこと近づき、開いたままのドアから中を覗く。


「あ、おはようくれな」


 ルナのベッドの周りには結界が張ってあり、雅がどんどんと叩いて眠るルナを叱っている。


「マリットちゃん、どういう状況?」

「記録係の早朝出勤のとき恒例、ルナを叩き起こす作業をしてるの」

「毎回そうなんだ……」

「寝ぼけてるくせに結界は強固なんだよね」


 はぁ、と腰に手をあててマリットはため息をつく。

「あら、くれなちゃんおはよう。ルナ! くれなちゃんも見てるわよ? ダメダメな先輩って思われていいの?」

「んむ、もう思われてるからいいもん……」


 雅はさすがに疲れて、結界から数歩下がってマリットを見る。


「これ以上遅れたらまずいわね」

「こうなったら仕方ない。雅さん、アレをやります」

「アレね」

「あ、アレ?」

「くれな、少しの間だけ耳を塞いでいて」

「う、うん」


 くれなは言われた通りに耳を手で覆う。マリットと雅は自分のスマートフォンを取り出し、ミュージックアプリをタップする。おずおずとマリットのスマートフォンを見るくれなの目に、『ルナ起こし用』という名前のプレイリストを開いているのが見えた。


 マリットと雅がほぼ同時に、爆音でクラブミュージックを流す。くれなは耳を強く塞ぐ。けれど、肌にビリビリ! と大きな音の波動が伝わってくる。


「ぎゃああああああうるさいうるさいうるさい!」


 爆音の音楽に負けない声で、ルナが飛び起きる。ルナは結界をしゅん、と消す。同時にふたりも音楽を止めた。


 ルナは猛獣のように雅とマリットを睨む。


「おはようルナ。仕事よ」

「おはようルナ。仕事だよ」

「もっと普通に起こせよぉ! パリピが聞いてそうな曲爆音で流すのやめろよぉ!」


 雅とマリットはルナの声に耳を傾けることなく、毛布をはがしてルナの手を引いて立ち上がらせる。


「王子、しかもこれ結界消すまでやるんだからね!? 頭いかれてるよ!」

「う、うーん……」


 なんとも言えずにくれなは言葉を濁した。


 ルナの身支度を手伝い、4人で屋上に上がる。夏の終わりの空気は涼しく、心地よい。


 雅の話によると、今日は返納列車と記録係、2チーム合同で仕事だそうだ。記録係の仕事がメインで、返納列車のくれなたち3人はその護衛らしい。記録係の3人は実力はあるが戦闘に向いていない特別魔法の持ち主のため、念のため護衛につくことになった。


 最近は記録係の仕事も危険だと、雅が言っていた。なんでも最近、魔法少女の出動が間に合わない、秘境や県境などに怪物の出現が増えているらしい。おそらく魔法少女が現地に到着するまで時間がかかるところに出現し、人を襲う作戦なのだろう。


 秘境などの人が少ないところに出現しても、襲うことができる人間の数は少ない。だが、問題はそこではなかった。


 変身前の人間の魔法少女がどこに住んでいるか、どこの学校にいるかを、相手側が把握しているという点だ。


「なんだか嫌な感じがするわね。クーデターのときと、同じ感じ」


 列車の準備ができるまで待っている間、雅が眉を下げて呟いた。


 明るい話しようよ、とルナが言って、そこから朝ごはんの話をしていたとき、中から窓を開けたカワタレが顔を出す。


「よし、みんな乗ってくれ」


 4人は返事をして、車両に乗り込む。車両に乗り込み、転送装置に入ってから、ゲンの説明を受ける。列車は北海道の上空を進んでいた。


「今日は魔法界の北海道支部の担当者さんと、北海道担当の人間界の魔法少女も一緒だそうです。みんな、失礼のないようにね。特にカワタレ」

「心外なんだが」


 カワタレとゲンがいつものように軽口を叩き合う。北海道なら帰りにソフトクリーム食べたいね、なんて話をしていくうちに、目的地に到着する。


 目的地は農業高校の正門前だった。汽車がゆっくりと地に降りる。


 汽車がぷしゅう、と扉を開く。門の前には、白いローブを着たいかにも魔法使いという印象の男性と、赤い魔法装束を着た、薄桃色の短髪の魔法少女が立っていた。


 カワタレが礼儀正しく胸に手を当て、軽くお辞儀をする。


「おはようございます。人間界魔法少女管理____」

「遅い!」

「え」


 カワタレの声を遮ったのは、薄桃色の髪の魔法少女だった。彼女は短い髪を手でなびかせ、鼻を鳴らす。


「まったく、この私を待たせるなんて、魔法界の人ってみんなこうなのかしら? しかも冴えない人たちばっかりね!」

「……あ?」


 カワタレは作り笑いをしているものの、口元がぴくぴくと震えていた。くれなはあせあせとカワタレを落ち着かせようと言葉を探す。


「私は羽根野空はねのそらよ。せいぜいわたくしのサポートよろしくね」


 彼女の堂々たる自己紹介は、カワタレの天敵、クラロイドを彷彿させる。


 カワタレは人差し指を空と名乗った少女に向けた。


「こいつ何?」

「カワタレさんこいつ呼びはだめです、抑えて……!」


 どうやら面倒なことになりそうだ、とカワタレ以外の全員が頭を押さえた。


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