18話(愛花side)転げ落ちていく
両手にはドラッグストアで買った、大量のお菓子と携帯食料とエナジードリンク。全て、アカネと喜美に買ってこいと命令されたものだ。それも、愛花の支払いで。もちろん立替ではなく、アカネたちがお礼を言うわけでもない。
明らかにアカネと喜美は、愛花に対して冷たくなった。冷たいだけでなく、時に言葉の暴力を浴びせるようになった。人格も、容姿も、戦い方も。何をしても怒鳴られるようになった。
まるで、今はもういない、赤須くれなに自分たちがしてきたように。
____どれもこれも、あの馬鹿先輩もどきが失踪なんてして、逃げやがった所為なのに。馬鹿が、馬鹿が、どこかで野垂れ死んでろクソ女。
先輩ふたりからの仕打ちも愛花を悩ませていたが、何よりもの課題は怪物討伐についてだった。
アカネが魔法界の関係者からもらった、怪しい薬。あれを飲んでから、自分の身体が自分のものじゃないかのように、得体のしれない違和感に襲われはじめた。
あからさまに人が飲んでいいような色と匂いではないそれを、愛花は少しずつ飲むようにしていた。最初はココアに一滴溶かして飲む程度だった。その直後に怪物退治に向かうと、身体が軽く、素早く動けるようになった。
それは、一度に愛花よりも多い量を摂取した喜美も同様、いや、それ以上だった。
彼女はアカネを盲目的に信用していた。だから、どんなに怪しい薬でも口にするのを躊躇わなかった。
『あはははははは! すごいすごい! これでアカネの魔法界からのスカウトに近づく! あはっ、あははははははははは!』
アカネが「ちょっとした副作用があるけど」と言ったが、明らかに副作用は大きかった。喜美は怪物退治を重ねるたびに、感情のコントロールができなくなっていった。
アカネは定期的に魔法界のツテからその薬を貰い、喜美と愛花に渡した。喜美の消費スピードは速く、薬の効果が切れるとますますヒステリックになった。禁断症状、とでも言うべきか、と思うくらいに。
何より愛花が納得いかないのは、アカネはおそらく薬を飲んでいない点だった。アカネは怪物退治でも、高みの見物をしている。結界を張って、あとはよろしくと喜美と愛花に匙を投げるのだ。
愛花はビニール袋を握る力を強める。アカネの高笑いの声が脳裏に蘇って、苛立ちが止まらない。自分も薬に身体を毒されていることを自覚している。怪物を倒して、薬を飲んで、副作用に苦しんで、縋るように薬をまた飲んで。
___全部全部、あの女が失踪なんかしたから。
明らかな自業自得だというのに、愛花の頭にはくれなへの恨み言しかなかった。
もう少しで魔法少女の結界を張った公園につく。いつも溜まり場にしていたファミレスは、最近油っこい食事を摂ると喜美が吐いてしまうため、公園で作戦会議をするようになった。
街を行く人混みがうざったくて仕方がない。今から変身して、周りにいる人全部をぶっ飛ばしてやろうか。
そんな物騒なことを考えた時、視界に美しい赤髪の後ろ姿が見えた。綺麗に整えられた長い髪の少女が、両脇の、友人であろうポニーテールの少女と、黒髪の少女と笑い合いながら歩いている。
____あれ、もしかして。
魔法少女の姿ではないものの、その後ろ姿に見覚えがあった。
愛花は思わず駆けだしていた。赤い髪の彼女の服の、背を引っ張る。
「赤須、先輩……?」
赤い髪の少女が振り返る。愛花の予想通り、紛れもなく、赤須くれな本人だった。
「……え、と」
くれなが黒目を揺らし、言葉を探す。
「赤須先輩ですよね? 何してるんですか、こんなところで! みんな探してますよ、アカネ先輩も、喜美先輩も、今大変な目にあってるのに、なんで」
黒い感情が止まらない。あの怪しい瓶を飲んだ所為か、それともくれなに八つ当たりが久々にできる黒い嬉しさか。愛花は青白い顔を歪ませた。
「なんで、自分だけ楽しそうな思いしてるんですか? 本当性格悪いですよね、信じられない。最っ低!」
くれなは怯えたように目を震わせて、俯く。それさえもが愛花の苛立ちを助長させる。この女のこういうとこが嫌なんだと歯ぎしりする。いつも被害者ぶりやがって。
くれなは本当に被害者だというのに、愛花は自分こそが被害者だと、世界で一番かわいそうなのは自分だと思い込んで止まない。
くれなから溢れ出す魔力で、くれなの周囲の人はくれなのことを冷たく扱うようになった。くれなの母が、くれなのことを娘だったはずなのに、突然別人になったと思い込むようになったのが例だ。しかもくれなの魔力の影響は、親しければ親しいほど力が強まる、哀しい比例式があった。だから、母親も次第に暴力を振るうようになり、ずっと仲が良かった友人も、離れていった。
しかし、アカネたちは大して親しくもない、初対面の頃からくれなを罵った。くれなの母の戸惑いでも、聡子のような恐怖心でもなく、対抗心や苛立ちをいっぱいに抱えて。
くれなは知らないが、サニーが昔カワタレに語ったように、くれなは不運だっただけなのだ。魔力の問題などは二の次で、アカネも喜美も愛花も、心の中で底意地の悪い悪魔を飼っていた、それだけだった。
性格が悪かった、それだけのことが、くれなに深い傷を負わせた。だから事情を知るカワタレは、くれなの元チームメイトらを、決して許さないのだ。
愛花はバッグからスマートフォンを取り出す。
「とにかく、今担当さんに連絡しますから___」
そこまで愛花が口にした刹那、バキッ! と何かが割れる音がした。
「……え?」
愛花は目を見開いた。手に持っていたはずのスマートフォンがない。慌てて探すと、地面には黒い鉄球がひとつと、おそらくその鉄球が開けたであろう、丸い風穴が開いたスマートフォンが転がっていた。
くれなはマリットの顔を見た。黒い鉄球はマリットの武器である大型パチンコを使用するときの弾だと、すぐに気づいた。恐らく風魔法かなにかで、目にも止まらぬ速さで、鉄球をスマートフォンに当てたのだろう。
だが、そんなことはどうでもいいくらいに、マリットの顔は険しく、怒りに満ちていた。愛花もその禍々しい雰囲気に気が付いて、思わずスマートフォンを拾う手を止めた。
マリットは険しい顔を崩さないまま、口を開く。
「随分と気安くこの子に話しかけるんだね? というか、さっきから一方的にしゃべっているけれど、この子は私たちと楽しくおしゃべりしていたんだよ? それを薄汚い言葉で遮って……あなたに発言を許した覚えはないんだけど? 独り言ならどうぞご勝手に、人目につかないところでやれば?」
「……は?」
あからさまな怒りと嫌悪の言葉に、ずんずんと愛花が詰め寄る。
「ちょっと赤須先輩、何ですかこの人」
「この人呼ばわりなんて、本当失礼ね。一体どういう育て方されたらこんな気色悪い口ぶりで、私たちの大事なこの子に話しかけることができるんだろう。神経を疑う」
「ちょ、なんでそんなこと言われなきゃいけないわけ!?」
「だめだよマリットちゃん!」
ルナがくれなを挟んでマリットを制止する。
「こういう人間の形をした塵どもには、ちゃんと自己紹介してあげなきゃ!」
が、制止ではなく援護射撃だった。ルナは両手をぎゅっと組んで、目を閉じる。
「【魔の力よ、魔を持つものを受け入れ、隠し、包め】」
「うそっ!? 結界……!?」
愛花の脳内に、目の前の人物が自分たちと同じ、魔法少女である事実が飛び込む。同時に何故、魔法少女特有のフリルやリボンのついた魔法装束ではない普通の格好なのに、結界を張れるのか、という驚きもよぎった。
結界を張り、風景はそのままに人混みが消えた中、くれなたち3人と愛花が立っている。
しゅん! と音を立てて、マリットは大型パチンコ、ルナは苦無を魔法で取り出す。自分たちの真ん中にいる、未だ微かに震えているくれなと手を繋いで、ぐっと身体を寄せた。
「人間界魔法少女管理本部、魔法少女記録係、ルナでーす」
「同じく、マリットですけど?」
2人の声は明るいのに、威圧感をひしひしと放っている。
「ふたりとも……」
くれなが顔を上げて、ルナとマリットを交互に見る。2人は何も言わず、ゆっくりと頷いた。くれなを落ち着かせ、あなたはひとりじゃないと、伝えるかのように。
「なんだ、あんたたちも魔法少女? 先に言ってよ。どこから来たの? その逃げ出した卑怯者とお友達なわけ? あーあ、かわいそうに」
「あぁ? てめぇみたいなか弱い人間とは違うっつーの。人間ごときが僕たちを見下すとか、舐めてんの?」
「なっ……!」
ドスのきいたルナの声に、愛花はひるんだ。愛花はくれなに「あんたから何か言え」と視線を送る。だがくれなは答えない。俯いていたかと思うと、唇を噛んで、こっちを真っ直ぐに見つめはじめた。
もう、言いなりにはならないとでも言いたげな眼差し。瞳から得体のしれない覇気を感じて、愛花は何も言えなくなる。
「行きましょ。私たち魔法界の気高い戦士には、こんな低俗な会話、時間がもったいないもの」
マリットがやれやれと、ため息交じりに声を放つ。マリットはくれなの手を引き、愛花に背を向ける。
「ま、魔法界?」
「あははっ! そうだよ? 僕たちは人間じゃない。魔法界に籍を置く者。それとてめぇがさっき気安く話しかけた赤髪のこの子も、スカウトされた身。もう僕たちの仲間だから。だからさぁ」
ルナは切り裂くように歩き、愛花に近づく。くい、と人差し指を上げた。
途端、愛花の周囲に魔法陣が4つ浮かぶ。ジャキン! と鋭い音とともに、氷の棘が愛花めがけて生える。愛花には当たらないギリギリのところまで生えた氷の棘は、白い煙を放っている。愛花は震えて唾を飲み込んだ。
「もう一度その汚ったねぇ口であの子に話しかけたら、その醜い顔を潰す」
どんな刃物よりも鋭利な言葉が、愛花を刺した。
ルナも愛花に背を向けて歩き出す。その堂々たる背は、もうこのような三下など相手にしない、と語っている。
「ま、待ってください!」
愛花は手を伸ばし、声を投げかける。
「謝ります、ごめんなさい! 私たち、今大変なんです。お願いします、助けてください!」
悲痛な声を結界の中に響かせる。それでも、愛花を除く3人は振り返ることはない。
愛花は短く息を吸い、駆けだす。マリットに手を引かれたくれなは、もう結界の端近くまで歩いていた。
「ねぇ赤須先輩、また仲良くしましょう!? だって私たち、中学校からのチームメイトじゃないですか!? 先輩が怪物を片づけてくだされば、またみんなで仲良くできます、だから、ね?」
またこの先輩が戻ってくれば、怪物を倒してくれれば、すべて元通りだ。それに仲はあまりよくなかったとはいえど、3年以上の付き合いだ。お人よしで甘っちょろいこの先輩なら、この女なら、きっと。
どこまでも都合のいい思考回路をしている愛花は、くれなを追いかけた。
結界を出る寸前、くれなが振り返る。愛花は安堵し、ほっと生温かい息を吐く。
だが、くれなの表情は別人のように、冷たかった。
「近藤さんの言う『みんな』に、私はいないですよね?」
それだけ言って、くれなは結界をあとにする。愛花は呆然と立ちつくし、行き場のない手をそのままに、固まった。
やがて結界が晴れる頃、既に魔法界の3人の姿はなかった。
結界の晴れた歩道の真ん中、愛花はへたりと座り込む。周囲の怪訝そうな視線に気が付かないほど、愛花の視界は真っ暗だった。
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