14話 魔法界


 7月に入ってしばらくが経ち、暑さにうなだれる時期になってきた。


 快晴の屋上で、ゲンが魔法で返納列車を組み立てる。ぷしゅう、と軽い音とともに扉が開く。


「じゃ、くれなちゃん、ゲン、忘れ物ないな?」

「お土産メモもスマホの充電器も、変身アイテムも持ったよー!」

「よっ、よろしくお願いします、失敗しないよう頑張ります」

「あはは! もー、俺もカワタレもいるから、緊張しなくていいのに!」

「うう……」


 くれなはしゅるると小さくなる。昨日はあまり眠れなかった。なぜなら、今日は、


「絶対大丈夫だ。何回も言うけど、魔法界に行くって言っても本当、軽い日帰り旅行みたいなものだから。気楽に行こうぜ」


 くれなが初めて、魔法界に行く日なのだ。



 2日前のこと。昼下がりの事務所、くれなとルナとマリットとカワタレで、ボードゲームをしていたときだった。


「カワタレ、くれなちゃん、お仕事のご連絡でーす!」

「よっし、カワタレ様は準備万端だぜ!」

「カワタレ様ずるい! 今ダントツでビリだからって、仕事を言い訳に逃げるつもりですね!?」

「これが大人のやり方だよ、若造ちゃん」

「くれな、私たちはこんな年長者にならないようにしましょうね」

「聞こえてるからなマリット」


 ボードゲームはいったん中断か、と思われたが、仕事は2日後とのことだった。これでカワタレは再び、ダントツビリでゲーム続行となった。


 今回は、死体と残党の処理ではなく、スカウトの仕事だった。


 なんでも、うん十年前に魔法少女として活動していた、50代の女性をスカウトしに行くとのこと。スカウトは必ずしも現役魔法少女に限らないそうだ。今回スカウトする女性は、魔法少女として活動した過去だけでなく、代々魔法少女を輩出する一族として、魔法少女引退後も後輩たちの指導を積極的に行っていたらしい。


 ゲンからそこまで聞いて、くれなはおずおずと挙手した。


「あの、魔法少女のことって、一般の人には口外禁止ですよね? 魔法少女辞めてから後輩の指導って、できるんですか?」


 くれなの問いに、ゲンが頷く。


「いい質問! 魔法界と協力関係にある一族には、認められているんだよ。普通、魔法少女を引退して変身アイテムを返納した人間には、己が魔法少女であったことは他人に口外しないよう、魔法界の法律で禁じている。でもその一族とかは、それが適応されないんだよね。魔法界の担当者と連絡とりあって、怪物を探してもらったり、講習会の講師とかもやってもらうんだ」

「そ、そうなんですね……! ありがとうございます」


 小さく頭を下げると、ゲンが手をひらひらと振って「どういたしまして!」と笑った。


「あ、そうだ。そろそろ変身アイテム返しに行かないとな。金庫がいっぱいになってきちゃったし」

「あーそうだね」


 クイーンの執務室にある金庫には、亡くなった魔法少女から回収した、人間界の魔法少女が変身するときのアイテムが保管されている。


「じゃ、俺から兄貴にスカウトの仕事のことと、アイテムを魔法界に返納しに行くこと連絡してきまーす」

「よろしく」


 ゲンが執務室へと歩いていく。


「カワタレ様、王子も行くんですよね? 魔法界」

「あぁ、そうだな」

「じゃあくれなは今回が、初めての魔法界ですね」

「あっそうか」


 カワタレはくれなの顔を見たかと思うと、その場で鼻歌混じりに小踊りする。


「ははっ、楽しみだな! ……え、待って、魔法界は実質カワタレ様の実家だし、実質ご実家にご紹介ってやつでは?」

「や、やつではないと思いますけど……」


 くれなのささやかなツッコミでも、カワタレの上機嫌は止まらない。


「じゃあ初魔法界デートだ! ウォータードラゴンに乗ってレモネードの湖を一周して、ユニコーンの森でハート形の花畑見て、海中劇場でマーメイドたちのミュージカル見て、あとー」

「ゲン様も一緒ですよね?」

「ゲンにはまぁ、空気読んでもろて……」

「ゲンさんかわいそすぎる」


 横文字だらけの言葉に、くれなはあせあせと目を泳がせる。魔法界、初めての魔法界。魔法を使える者しかいない、ファンタジーの世界。


「き、緊張します……こんな薄汚い元人間のわたくしめが、行って良いものでございましょうか……ドラゴンユニコーンのキメラに罵詈雑言を浴びせられたらどうしよう……」

「落ち着いて。誰も取って食いはしないもの。カワタレさん、くれなが混乱してるから独り言はあとにしてください」


 マリットがくれなの背をさする。だがカワタレは遠足前の幼児のように目を輝かせている。


「大丈夫だからくれなちゃん! あぁ、どこ寄り道しようか悩むな。折角のくれなちゃんの初魔法界だし、お高いレストランでも行くか!」

「はいはい! カワタレ様、お土産にクラーケンの姿焼き買ってきてくださいよ! あれマヨネーズにつけてお酒飲みたいなぁ、僕」

「ルナ名案! それいいな! カワタレ様も自分用に買おうっと」

「ク、クラーケン……!? 背後から絞め殺してきたらどうしよう……」

「くれな、魔法界に恐怖持ちすぎでしょ。大丈夫だから」


 そんな会話を続けて、魔法界で買ってくるもの一覧を作ろう、なんて話をした。お土産リストをクイーンや雅も交えて作っていくうちに、くれなの緊張も紛れていった、はずなのだが、いざ当日になって、やはり緊張感が心の内でダンスを踊っていた。



 魔法界に行く前に、まずはスカウトのためにお迎えに行く。転送装置でワープしたのは、栃木県。広大な美しい畑の中心で、武家屋敷を彷彿とさせる和風の平屋の一軒家に、列車が空から降りていく。


 木でできた大きな門の前で、浅葱色の着物を着た女性が待っていた。女性の前に列車は停まり、カワタレが即座に結界で半径50メートルほどを包む。


 聞けば、スカウトはくれなのとき同様、人間界では行方不明として処理される。その際、自分たちの姿が目撃されたり、監視カメラに映ると厄介なので、結界を張っておくのだ。ちなみにくれなのときはカワタレは慌てて、結界を張っておくのを忘れたらしく、クイーンに少しだけ怒られたと唇を尖らせていた。


 列車から降り、晴れ空の下、女性へのもとへと3人は歩いていく。


日立海聡子ひたちうみさとこさんで、いらっしゃいますか?」


 カワタレがよそ行きの綺麗な笑顔で、女性に、聡子に話しかける。


「えぇそうです。こんにちは」

「こんにちは、マダム。私たちは魔法界の使いのものです」

「あら! まぁまぁ!」


 聡子は口元に手を当てる。ずい、とカワタレに顔を近づけ、頬を赤らめた。


「あなた、演歌歌手の『高橋かの』くんにそっくりねぇ?」

「え?」


 カワタレの疑問符の声とともに、ゲンとくれなも顔を見合わせる。

 

「髪型も、背の高さも。ちょっとお顔見せっ……まぁ肌も綺麗! スキンケアはしてらっしゃるの?」

「え、えぇまぁ、軽く」

「見てくれなちゃん、あのカワタレが圧されてる」

「なかなか見られない光景ですね……」


 小さな声でゲンとくれなが会話する。聡子は目をきらきらと嬉しさでいっぱいにして、カワタレに手を差し出した。


「芸能人みたいだわ。ねぇ、こんなおばさんで申し訳ないけど、握手してくださる?」


 握手。その単語にカワタレはまばたきをして、ふっと微笑みを零す。

 

「……えぇ。光栄です」


 カワタレと聡子は、温かな互いの手を差し出して握手をする。


 くれながその様子を目にしたときだった。どくん、と心臓が脈打った。脳内に一瞬、おぼろげな記憶が浮かんで消えていく。


 ____あれ、私、この光景見たことあるような、気がする。


「どうかした? くれなちゃん」

「いっ、いえ、何でもないです」


 心配そうに顔を覗き込むゲンに微笑み、聡子を車両の中へ案内する、カワタレを見つめる。先ほどまで魔法界へ行くことの緊張でいっぱいだった頭の中に、セピア色の記憶が穏やかに横切った。横切っただけで捕まえることはできなくて、くれなはきゅっと、胸の白いリボンを握った。



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