13話(アカネside) 天罰の始まり


 夜。廃工場のシャッターを、がしゃん! と蹴り飛ばす、ドレス姿の少女がいる。その姿は魔法少女、桃頭アカネだった。


「クソが! 死ね死ね死ね! ボケが! うぜぇんだよ!」


 愛らしい姿には似合わぬ、止まらない悪態をついて、はぁはぁと息を切らす。肩で息をする彼女の脳裏に、己の県を管轄している、魔法界の担当者の声が蘇る。


『敵を倒しきれないからって魔法界からの応援を多用するのはやめてください、って本部に言われてるんだけど、大丈夫?』


 アカネが異変に気付いたのは、梅雨に入ってしばらくが経った頃だった。


 雑魚怪物相手は、適当な理由をつけて一番年下の愛花に任せていた。だが、その愛花が毎回魔法界の担当者に連絡して、魔法界から応援を呼んでいるらしい。怪物が倒せない、なんて情けない理由で。


 この子ももうだめか。可愛がってやっていたけど、次のおもちゃは愛花に決定だな。そう思いながら、さすがに自分も立ち上がってやろう、とアカネは腰を上げた。


 だが久々に戦って、唖然とした。現れるのは大型で、強い怪物ばかり。明らかに怪物が強くなっている。喜美と愛花と3人がかりでやっと倒し、魔力の消費のしすぎで学校を休むほどだった。


 そんな情けない現状を、魔法少女チームのリーダーが書くことになっている報告書に書くべきか、悩んだ。でも答えは一択、そんな負け犬のようなこと、アカネのプライドが許さなかった。


 なのに。


『もしかして報告書偽造して、赤須くれなさんが頑張ってたとか、ないよね?』


 担当者からくれなの名前が出た瞬間、頭の血液が爆発しそうになった。


「ふざけんじゃねぇよ!」


 廃工場にアカネの怒号が響く。


 ____ただでさえ怪物退治で疲れてんのに、余計なストレスを増やしやがって、どいつもこいつも役立たずのくせに、無能の癖に、生きてて申し訳ないって思わないのかよ、私に迷惑かけた奴はさっさとその場で死ねよ。


「クソ共が!」

「随分と行儀のなっていない口だな。品性を疑う」


 品の良い女性の声がアカネの耳に入る。睨みつけるように声の出所に目をやる。そこには黒いマーメイドドレスとつばの広い帽子に、目元に舞踏会用の仮面をつけた女性が、口元を扇子で隠して立っていた。


「ちょっと、いつもの黒いコート着た男の人はどこ?」

「奴は今日は来ない。代わりに魔法界でも相応の地位をもつ我が、直々に伝言をしに来てやった」


 女性の言葉に、アカネはふん、と鼻を鳴らした。なんだ、少しは話ができるやつが来たものだ、と機嫌が少しだけ直る。


「それはごめんなさい。それで、伝言とは?」

「あぁ」


 女性が扇子を、ぱしん、と閉じる。


「【お前たちには今後、一切の支援はしない。スカウトの話など当然白紙だ。あとはせいぜい死ぬまで足搔き続けろ】。以上だ」

「……は?」


 アカネは唖然としたまま固まる。女性がそれだけ告げて、アカネに背を向ける。


 ここで食い下がらなきゃ多分取り返しがつかない、と、アカネは短く息を吸った。


「ちょっと、おかしいでしょ!? だって、魔法界のスカウト担当に口聞きする代わりに、あんたたちの命令聞いてやってたのよ!? 今までずっと!」


 アカネたち、くれな以外のスカーレット・スワンのメンバーは、いわゆる橋渡し役をしていた。人間界に潜む反魔界の過激派勢力に「お届け物」をする係だった。そんな犯罪組織で一番に尻尾切りさせられるようなことまでして、魔法界のスカウトを待っていたのに。


「上の奴に会わせなさいよ! 私は表彰までされた実力の___」


 そこまで言ったときだった。


 女性は扇子をひらりと払うように扇ぐ。扇子から突風が巻き起こり、アカネの身体を吹き飛ばした。


「きゃあああああああああああああああ!!」


 アカネの身体がボールのように一度弾んで、コンクリートの地面に倒れる。


 闇のような黒を纏った女性は、コツコツとヒールを鳴らし、アカネの元へと歩いてくる。アカネが顔を上げる前に、今度はその高いヒールでアカネの手を思いきり踏みつけた。


「いたっ!? 痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い! 痛いってば!」


 変身しているため身体はある程度強化されているはずなのに、痛みが脳を駆け巡る。


 アカネの悲鳴をBGMに、女性はヒールに力を入れるのをやめない。


「我らの上にいる者が誰か、三下の貴様らには到底分かることはないだろう。だがな、は貴様らのような大して実力もない癖によく吠える肉塊は好まない。今後、貴様らが魔法界の魔法少女になることはないだろうが、最期にその足りない頭で覚えておけ」


 明らかな怒りを宿した声。


「わかっ! 分かった! 分かりました! 分かったからぁ!」


 さすがのアカネも、情けない声を出していた。


 ようやくヒールをどけた女性は、魔法で空中から、小さな小瓶を取り出した。


「これを使え」

「……へ?」

「あの御方より直々に賜った、反魔界で使われる魔力を増幅する装置だ。人間ごときにはかなり堪えるほどの副作用はあるが、効果は高い。貴様らごときでも、大型怪物を倒すくらいはできるだろう」


 女性は未だ地に倒れたままのアカネの顔の横に、小瓶を置く。


「せいぜい時間稼ぎにはなれ。弱き者どもよ」


 それが別れの言葉だった。アカネが身体を起こす頃には、女性の姿は消えていた。残されたのは、赤くなった手の未だに残る痛みと、泥のような色を中に宿した、怪しい小瓶。


 アカネは小瓶を手に取り、そのまま地に叩きつけようとした。でも、できなかった。


 アカネも馬鹿ではない。この小瓶の副作用とやらに、今の己の身体が耐えきれるか計算し、結局、おそらくもたないだろうと、考えたくない結論に至る。


 担当者に連絡して、助けてもらうか? でもそうしたら今までのことを包み隠さず話さなければならない。ただ伝言や届け物をしていただけで、反魔界の者だって知らなかった、なんて言い訳は通用しないだろう。


 それかこんな怪しい薬に頼らず、怪物を死に物狂いで倒すか? でも、これ以上強い怪物が来たら確実にこちらの身がもたない。


 死。今まで考えたこともなかった未来が、近くに感じる。


「なんで、なんで私がこんな目に……!」


 アカネは小瓶を握りしめた。小瓶という名の、己が取るであろう、唯一の選択肢を。



 光とともに、黒いドレスから、ベージュのカーディガンと青色のワンピースに着替える。大通りに出て、薬局の前に停まっている黒いスポーツカーに乗り込む。


「お疲れ様です」

「あら、お水。ありがとう」


 女性は運転手の男から、ペットボトルの水を受け取る。


「ふう、ども相手に使う普段の口調を使わないでよかった。全く、三下相手だと神経を逆なでされて嫌だわ。普段の口調だったら、怒りで奴の目玉を潰していたかもしれないもの」

「はは。あの御方ならそれも許してくださるでしょうに。忍耐力が他の比ではない。さすがは魔法界の筆頭魔法少女ですね____クラロイド様」


 男が三日月のように微笑む。ミラー越しに、クラロイドもその笑みに応えた。


 明るい夜の大通りを、車が進み始める。


「そういえば『くれな』という少女の調査ですが、なかなか情報が集まりませんよ。美術館の宝石のごとく、厳重に情報が統制されているようだ」

「あらら。まぁいいわ、さっき会った三下に時間稼ぎをさせているから。……わたくしも今、表立って動けないの。全く、サニーの馬鹿が好き勝手やるからよ」

「おやおや、今夜のような三下のおもりだけではなく、昼も子供のおもりとは大変だ」

「えぇ。児童手当が欲しいわ」


 窓に映る景色を眺めながら、クラロイドは口角を上げた。


「さぁ、どう動くかしら? カワタレさんと、あの可愛い可愛い、赤いうさぎさんは」


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