9話 警戒
サニーと名乗った少女に、くれなは何故か逆らえなかった。まるで、古くからの知り合いだったかのようで。そして何より、人を引き付けるその名に恥じない太陽のような明るさが、彼女の笑みにはあった。
くれなはひたすら両手を前に出して、今度は目を開けたまま、サニーの指示に従って念じている。
「そうそう、自分を植物だと思って! どこに水である魔力が欲しいか、身体に集中力を向ければ分かるから。魔力が欲しい場所が、特別魔法が発動するカギになるの!」
「う、うん!」
明るくて、浮世離れした可憐さを携えた容姿の彼女。くれなよりも背が低く、中学生くらいの見目だが、サニーは魔法の知識が豊富で、的確なアドバイスをしてくれる。何故か先生のように教えてくれるサニーは、眩しいオレンジの髪色と同じくらい明るい声で、くれなを手伝う。
ちなみに敬語を使おうとしたら「やだやだやだ! 距離置かないでよぉ」と唇を尖らせたので、ルナやマリットと接するときのように、敬語はやめている。ころころと変わる表情や、親しみのある口調がルナを彷彿させて、くれなも砕けた口調のほうが話しやすかった。
この子は何者なんだろう、と思う気持ちはやまやまなのだが、確かにアドバイスを受けてから、自分の魔力の流れに対して集中できるようになった気がする。
集中、集中、自分は特別、か、どうかは分からないけれど。
____特別な力が、ほしい。
そう強く念じた瞬間、指先がふわりと軽くなる。何かに支えられるように、導かれるように。
脳内に何かが浮かぶ。特別魔法の、最初の一歩。
人差し指の先に魔力をそっと込める。その刹那、指から金色に輝く糸がしゅるりと出てきた。人差し指を曲げると、服飾などで使うメジャーのように、しゅるる! と素早く指に吸い込まれて戻る。
「くれな、糸が! すごいすごい! できたね! あのね、このタイプの魔法にはコツがあってね、絵を描くように指を動かしてみて?」
「うん……!」
言われた通り、人差し指を横に大きく振る。すると金色の糸が鞭のようにひゅんっと出てきた。糸を操る感覚はまるで手足を動かすようで、自分の意志の通りに、動いて伸びる。
「こ、これが私の特別魔法……! やった……! で、できた!」
くれなは思わず頬が緩んだ。そんなくれなの顔を見上げて、サニーも快活に笑う。
「よく頑張ったね、くれな!」
「そんな、私は全然……! サニーちゃんのおかげだよ、本当にありがとう」
しゅるる、と糸を指にしまう。
「あはははっ、くれなが頑張ったからだよ、よくできました!」
サニーは背伸びをして、ぽんぽん、とくれなの頭を軽く叩く。恐らく年下であろう彼女にこうされるとなんだか照れくさい。
そして同時に、笑顔がカワタレに似ている、と思った。最初はルナに似ているかと感じた。けれど、優しいところと、ふとしたときに見せるどこか堂々とした笑顔は、カワタレに似ている。何故そう思ったのかは、くれな自身分からない。なんとなくだ。
サニーはくれなの両手をとり、きゅっと指を絡めて握る。
「ねぇくれな、お祝いに私、いいこと思いついたの!」
「えっ、なに? 教えてほしいな」
くれなは微笑みながら、サニーの瞳を見下ろす。
見下ろしていた、はずだった。
手を離し、数歩下がったサニーが、ぱちん、と指を鳴らす。軽い音が鳴ったのを皮切りに、彼女の背がぐぐぐ、と伸びる。まばゆい光がサニーの身体から溢れていく。
「さっ、サニーちゃん?」
光が止む頃には、少女はいなかった。くれなよりも背が高く、品の良い深い青のドレスを着た、目を見張るほど美しい女性がいた。
コツコツと高いヒールの靴を鳴らし、呆気にとられるくれなの右手を、童話のお姫様のような女性は、ぎゅっと握る。誘うように己の身体に引き寄せ、くれなの瞳を覗き込む。
「くれな、この私と一緒に、魔法界へ行こうよ! 今よりもずっと、とびっきり、幸せな暮らしをさせてあげる。これからも永劫に」
はっきりとした、サニーの声。だけど先ほどの幼さはない。くれなはただ呆然と、彼女の綺麗な瞳を見つめ返すことしかできない。逸らすことさえ許されないような、強いまたたきを宿した瞳を、ただ。
驚きで停止したくれなの鼓膜を、ドアの音が撫でた。ドアへ視線を移すと、そこには息を切らしたルナがいた。
「ぜぇ、ぜぇ、あっ、サニー様いたぁ! クラロイド様、サニー様いました!」
くれなは聞いたことがない、誰かの名を含んだルナの声が終わる前に、階段を駆け上がる音がする。
「くれなちゃん!」
カワタレが目にも止まらぬ速さで走ってきた。カワタレはくれなと女性の間に割って入り、庇うように手を横に伸ばし、くれなの前に立つ。こんなに焦っているカワタレを見るのは初めてで、くれなは僅かに首を傾げた。
「はぁ、はぁ……。何をなさってるんですか、サニー様」
「カワタレ怖ーい。とらないよ? この子」
対照的に、サニー様と呼ばれた女性は明るく、からからと笑う。くれなの中で、この人は先ほどまで話していたサニー本人で間違いないのだ、とますます驚きが生まれる。同時に、あのカワタレが誰かに敬語を使う所を初めて見て、もしかして目の前のこの人は、ちゃん付けで呼んでいいような人ではないのか、と冷や汗が出てきた。
「あの、サニー、さま、って?」
おずおずと声をかける。カワタレはこちらをちらりと見る。
カワタレが口を開くよりも早く「くれな!」とマリットとゲンが駆け寄ってきた。そっとマリットがくれなの耳元に、ひそひそ話をするように頬に手を当てて、顔を近づける。
「くれな、この人は魔法界を治める女王様、サニー様だよ」
じょおうさま。その単語が「女王様」に変換されるまで数秒かかった。
くれなはその場で勢いよく膝をつき、俗にいう土下座をする。
「もももももももも、申し訳ございません! わた、私、なんて言葉遣いを、とんでもないことを! 打ち首、
「落ち着いて、くれな。処刑と拷問はさすがにないと思う」
マリットに背をぽんぽんと優しく叩かれる。サニーは地のくれなに視線を向けると、また声を上げて無邪気に笑った。そんな彼女に、ゲンがそっと近づく。
「あはは! サニー様、くれなちゃんをからかったんですか?」
「からかってないもーん。ちょっと特別魔法のお手伝いしただけ! てかゲン、久しぶりー! 今度列車乗せてよ、久々に列車にあるレトロゲームやりたいな」
「もちろん!」
ハイタッチをして、まるで友達のように話す2人を中心に、陽だまりのような暖かな空気が流れる。カワタレもため息をついて、手をそっと下ろした。
結局、屋上で話すのはなんだからと、事務所でお茶をすることになった。雅と、くれなはまだ会ったことがない本部長が今、お茶とお菓子の用意をしてくれているらしい。
クラロイド、と呼ばれた、くれなとは初対面の女性に叱られながら、サニーは階段を下りていく。
「サニー様、本当に勝手な行動は慎んでくださいと申し上げたでしょう! 貴方様に何かあったらわたくしは」
「クラロイドちゃん、帰りにコロッケ食べていこうよ。茨城の海辺の町にね、カニの美味しいコロッケがあるんだって。女王様の命令!」
「話を逸らさないでくださる!?」
微笑ましいものを見るような心もちで、賑やかな会話を聞きながら、全員で屋上をあとにする。
くれなが最後尾で、屋上のドアを閉めようとすると、後ろから誰かが肩に手を乗せた。振り向こうとすると、先に耳元に顔が近づいた。
「サニー様には、あんまり近づきすぎない方がいい」
その中性的な声は、間違いなくカワタレのものだった。だけど、心の糸が思わず姿勢を正すかのように真剣で、聞いたことがないくらい低い声だった。
どういう意味ですか、と尋ねようとして振り向くと、目が合った。
「いついかなるときも、警戒を崩さないでくれ」
そう言って、彼女はくれなに背を向け、歩き始める。くれなはその場で、カワタレの背を見つめた。
いつも燦燦と輝く瞳は、まるで不安を抱くような、だけど何かを守ろうとしているような、複雑な色をしていた。
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