8話 強くなりたい


 福島県での魔法少女の返納の仕事から、2週間と5日後。人間をやめてから数えると4週間が経過した。桜の花びらは散り、徐々に暖かくなる時期になった。


 くれなは、ルナ、雅とともに本部のビルの屋上にいた。青空の下、屋上には結界がドーム状に張ってある。


『魔法界の人が使える特別魔法って、今の私にもできるんですよね? 私にも、やり方を教えていただけないでしょうか』


 そうカワタレに相談したのが1週間前。


 くれなの心には身体を突き動かす何かがいた。それが何なのかは、正確には分からない。けれど、それはとても、熱意だとか向上心だとかに似ている。


 カワタレは出会ったあの日から欠かさず、毎日くれなに声をかける。くれなを部屋から連れ出しておやつに誘ったり、買い物に誘ったり。だがあの日、福島県の山奥で「あなたをもっと知りたい」と伝えたあの日以来、カワタレ自身の話をよくしてくれるようになった。


 好きな食べ物は寿司、好きな音楽は意外にも人間界のクラシック、最近の趣味はスーパーマーケットの美味しいお惣菜探し。


 取るに足らない話をたくさんした。どうしよう怪物に襲われて眠れない夜でも、カワタレはくれなが眠くなるまで、ココアを2つ用意して話に付き合ってくれた。


 そんな日々を重ねて、くれなの中で「強くなりたい」という感情が芽生えた。もっと、この人たちの役に立ちたかった。だからまず、己の特別魔法が何なのか、把握したかった。


 カワタレはくれなの言葉に「そろそろ話そうと思ってたのに、自ら言ってくれるとは素晴らしい!」と、またくれなの頭を撫でた。


『カワタレ様が教えてもいいんだが、私よりも、雅の方が勝手がわかるかもしれない。雅も元は、人間界の魔法少女だったんだ』


 カワタレは「一緒に雅に頼みに行こうか」と微笑んだ。


 そして、今に至る。ちなみにルナもいるのは「絵本のストーリーが思いつかないから、王子を補給して気分転換する!」とのことで付いてきたのだった。王子を補給するとはどういうことなのか、くれなは首を傾げた。が、ルナが楽しそうに屋上に行くまでくれなの手を引くので、聞くのはやめた。


 かくして、特別魔法講座が始まった。もちろん他人に見られてしまうと後々厄介なことになるので、結界を張ってある。


「特別魔法はね、1人につき1種類使えるわ。ルナ、お手本として特別魔法使ってみて」

「はーい! 王子、こっち見て」


 声の方に向くと、ルナが両手の人差し指と親指で、四角を作っていた。


 ぱしゃり、と音が鳴る。音の出所はルナの指からだった。


「僕の特別魔法は『スキャン』。指で四角を作ると、それがカメラになるんだ。ちなみに動画もオッケー。スタンプで編集したり、加工したり、アルバムも作れるよ。ほら」


 フォン、と軽やかな音とともに、ルナの頭上に先ほど撮ったくれなの写真が浮かぶ。ルナが人差し指をそっと横に揺らすと、今まで撮ったであろう写真がたくさん頭上に出てきた。


「す、すごい! スマートフォンいらずだね?」


 身を乗り出し、くれなは空中の写真を眺める。


「全部、綺麗に写ってる。上手。ルナちゃんに撮ってもらうなら、もっとちゃんとしたポーズとればよかった」

「えへへ、そう言ってくれると嬉しいよぉ! 記録係の仕事でしか役に立たない魔法だったから、高等学校では落ちこぼれだったんだ、僕」


 くれなの言葉に嬉々とした表情でルナは返す。


「じゃあ次は雅ね! って、実践はしない方がいっか? もしかしたら仕事入るかもしれないし」

「そうね。うふふ、見せるほどの大したものじゃないけれど」


 雅は穏やかに微笑んで、手から魔法で、一冊の本を出した。


「私のは『封印図鑑』。この本の中にね、1日1個、生き物でも無機物でも、なんでも閉じ込めることができるの。1度しまったものはいつでも、自由に出し入れできるわ。まぁ、どう頑張っても閉じ込められるのは1日1個だけだから、私も落ちこぼれだったわ、うふふ」

「雅が落ちこぼれなら、僕はもっともーっと落ちこぼれだよ。雅はすごいんだよ、魔法界の中でも数人しかいない、生きたまま怪物を捕らえる力を持つ魔法少女なんだから」

「そんなこと言ったら、ルナもすごいわ。だって記録係の仕事にはルナの力がないと成り立たないもの」


 魔法少女記録係の仕事は、人間界の魔法少女が相手にした怪物の調査や亡くなった魔法少女の情報整理などだと、くれなは聞いていた。


「あの、落ちこぼれじゃないです、2人とも。だって、今のお仕事にとっても役に立って、すごい魔法で、尊敬します」


 咄嗟に口に出していた。くれなのストレートな言葉に、雅とルナは顔を見合わせ、ふっと笑みをこぼした。


「この子のこういうところね、カワタレさんが気に入ったのって」

「うんうん! 私もそう思ってた。話せば話すほど、こういう宝物のような言葉をくれるんだよ。王子、ほんとかっこよくて可愛いよね?」


 意図せず返ってきた褒め言葉に、くれなは照れで頬をささやかに染める。そんなくれなの手を、雅がそっと優しくとった。


「私たちはくれなちゃんがどんな特別魔法の使い手でも、大歓迎だからね。魔法は種類じゃなくて、どう使うかだから。それだけは忘れないで?」

「は、はい!」

「よし王子、さっそくやってみよっか!」


 ルナの明るい声に、くれなは「よろしくお願いします……!」と頷いた。



 のんびりとした空気が漂う事務所で、ソファに寝転がってスマートフォンを見ていたカワタレが起き上がる。


「今日の昼さ、ピザ頼まないか?」


 突如舞い降りた提案に、ゲンとマリットが勢いよく挙手する。


「はいはい! 俺パイナップル乗ってるやつがいい!」

「私は照り焼きチキンで」

「よし決定! 稽古が終わったら、上の3人にも何がいいか聞こう」


 ゲンとマリットの嬉々とした返答に頷き、カワタレは立ち上がって伸びをした。


 魔法界の魔法少女は、個人差はあれどよく食べる者が多い。常に魔法装束や魔法で作り出した服を着ているため、普通の魔法界の住人や人間界の魔法少女より、魔力を多く消費する。そのため栄養を多く摂取する必要があるのだ。


「今日は全部で40枚いくかな。マリットちゃん何枚食べたい?」

「私はLサイズ6枚はいけます。とても腹ペコなんで、今」


 そんな会話をしていると、事務所の扉が開いた。


 背の高い、オールバッグのブラウンの髪の、紳士的な印象の男性が入ってくる。鋭い目元には大きな古傷があり、ただの男性よりも固い、言い方を変えると治安の悪い雰囲気を纏っている。


「皆様、ただいま戻りましたよ」


 彼の名はクイーン。この人間界魔法少女管理本部の、本部長。つまりくれなやカワタレたちの上司にあたる魔法界の役人だった。長期出張で、魔法界の王城に滞在していたのだ。


「兄貴! おかえり!」


 ゲンがとっとっと、と駆け寄る。兄貴と呼ばれ、クイーンは強面の顔を緩ませる。


「クイーンさん、お疲れ様です」

「留守番ありがとね、マリットくん」

「クイーンさんお土産!」

「はいはいカワタレくん、クイーンさんはお土産じゃないよ。お土産はあるけどね」


 クイーンはどさり、と両手の荷物をテーブルに置く。そのすべてが魔法界のお菓子や酒、おつまみがたくさん入っていた。


「クイーンさん今回の出張で何人殺した? 指つめた?」

「カワタレくん、だから人を反社会勢力みたいに扱わないでくれるかな?」

「えー? その顔でカタギ名乗るのも無理あると思うが」

「わー! 『雲状シュークリーム』の新作だ! 兄貴、これ開けていい!?」

「あ、ちょっと待ってね、今___」


 コツ、コツとヒールを鳴らし、女性が入ってくる。深海のような青色の美しいウェーブの髪に、黒いパンツスーツの魔法装束を着ていた。


「あらあら! 相変わらずのうるささですわね、カワタレさん?」

「つまみ出していいか?」

「ゲンさん、カワタレさんを押さえてください。この人既に斧を出してます」

「もう、毎回これだよ! だから傷害事件はダメだって!」


 ゲンに取り押さえられながらも、カワタレは既に魔法陣を女性の頭上に広げている。魔法陣から氷の塊が出てくる。が、女性は片手でパン! と弾いていた。


「怖い怖い。わたくしだからよかったものの……」

「うっせぇ帰れ、私、お前、嫌い、帰れ」

「カワタレ、言語能力が下がってるよ」


 カワタレはぐるる、と猛獣のように低い声を漏らす。どうやらカワタレとの仲は悪いようだが、片手でカワタレの魔法をあしらう辺り、この来訪者は実力があるようだ。カワタレを置いて、コツコツと女性はマリットに歩み寄った。


「マリットさんお久しぶり。相変わらずお人形のように可愛いわ。カワタレさんにいじめられてない?」

「お久しぶりです、クラロイドさん。なんとかギリギリ、いじめられてないです」

「おいコラマリット! なんとかじゃないだろ! この間コンビニでサンドイッチ奢った恩を忘れたか!」 


 反論にしては小さいカワタレの言葉を無視し、クラロイドと呼ばれた女性はきょろきょろとあたりを見まわした。 


「ところで、もうふたりのわたくしの可愛い妹分、ルナさんと雅さんはどこ?」

「ルナと雅さんは今、新入りの稽古中でして……」

「まぁ! カワタレさんが妙に肩入れする新人さん? 会ってみたいわ、と言いたいところなんだけど、わたくし今、護衛任務中ですの」


 クラロイドは残念そうに眉を下げる。


「あれ、クラロイドくん、『あの方』は?」


 クイーンが声をかける。


「へ? 今後ろに……」


 しかし彼女が振り向いた先には、誰もいない。


「あらっ!?」

「このポンコツが! よくそれで王城の筆頭魔法少女が務まるな!」

「はぁ!? 聞き捨てなりませんわね!?」


 つかつかとクラロイドがカワタレに詰め寄る。


「クラロイドちゃん落ち着いて!」

「はっ、ポンコツは事実だろうが」

「カワタレくん煽るのはやめようか」


 目頭を指で押さえ、クラロイドはため息をつく。


「もうっ、いっつもこうですわ! という自覚をお持ちなのかしら、『サニー』様ったら!」



 結界の中に、くれなのため息が溶ける。


 ルナと雅は「魔力の流れを整える魔法の装置があるから、取ってくるわね」と、屋上をあとにしていた。


『手に力を込めて念じても、何も起こらないわね……?』


 はっきりいって、特別魔法の稽古は難航していた。何度やっても特別魔法が分からない。己の特別魔法が何なのかも、どうやって特別魔法を発動できるのかも分からない。雅のときは、魔力を手に集中すると、手から一冊の本が出てくるようになったとか。だが同じことを試しても、特別魔法が発動する気配はない。


『王子、魔力切れしないように、休憩はさみながらやろ! 大丈夫大丈夫! 時間はあるんだから!』


 数時間が経った頃にそう優しく声をかけられても、くれなは正直、焦っていた。


 ルナが特別魔法を初めて使ったときは、魔法界に存在する己の特別魔法を分析する魔法の装置に魔力を分析させ、その装置のおかげでなんとなく、こうすれば特別魔法が使えると分かったのだとか。しかしながらその装置は、学校などに置かれる特別なもので、当然、人間界の東京のこの本部にはない。


 せめてもの助けにと、簡易型の魔力の流れを整える装置を、ふたりが取ってきてくれている。それさえも申し訳なく思う。


 ___このままじゃいけない、もっとやってみよう。魔力が尽きるまで、頑張らなくちゃ。


 首をぶんぶんと振り、くれなは目を閉じ、両手を前に出して念じる。


「特別魔法の練習?」

「そうです……えっ?」


 突如横から現れた声に、目を開ける。


 そこにはオレンジ色のカールした長髪を、ツインテールにしている少女がいた。少女の瞳は大きく、澄んだ眼差しでくれなを見ている。可憐、という言葉が似合いそうな、くれなより少し背の低い見知らぬ少女に、くれなはなんと言葉をかければよいのか、脳を回す。


 それと同時に、何故か、本当に何故か、胸が騒がしくなった。初対面であることは確かなのに、この少女をどこかで見たことがあるような気がした。


 少女はふふっと明るく微笑む。


「手もそうなんだけど、もっと自分の、おなかの内側を意識してみるといいよ。魔力はおなかの辺りに集中しやすいから。それから、自分は特別だと、自分にしかできないことがあると、強く願う気持ち。それが大事!」


 唐突だがあまりに具体的なアドバイスだった。くれなはとりあえず、頷いてみる。


 それよりもどなたですか、と尋ねたい気持ちが瞳に表れていたのか、少女は察したように、胸に手を当てた。


「私、サニー! 今日はお客さんとして遊びに来たの。よろしくねー!」



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