6話(アカネside)その頃の赤い白鳥


 赤須くれなが行方不明になったことを耳にした桃頭アカネの第一声は「あーあ、おもちゃがなくなっちゃった」だった。


 桃頭アカネは「あの女」が嫌いだった。苗字で呼ぶとき以外はあの女と呼ぶくらいに、嫌いだった。


 出会ったばかりの頃のあの女は、今じゃ考えられないくらい明るくて、堂々として。おまけに強かった。それがアカネの自尊心を傷つけた。


 自分より強い者に対し、普通の人間なら尊敬や畏怖の念を抱くだろう。ただ、桃頭アカネにはそんな温かな、彼女からしてみれば日和ったとでもいうような感情は、欠片もない。


 彼女は誰かの下に就くことができない人間だった。由緒ある家柄、優しい家族、好きなものを好きなだけ買える財力、恵まれた容姿、周囲を動かすことができるリーダーシップ。人の上に立つには必要な全てを、アカネは持っていた。


『あなたは誰かの言いなりにはなれない性格なんだから、誰かを言いなりに操れる人間になりなさい』


 幼い頃から親に言われていた言葉どおりに、桃頭アカネは育った。彼女はそれを誇りに思っていた。強い者が生き残り、弱い者は自分の足元で指で操る。それが当然。恵まれないのは本人の努力と運と才能がないから。どう足掻いても弱者は弱者のままなのだ。


 赤須くれなも、アカネにとってはこの世にごまんといる弱者の、彼女の思いのまま操れる、おもちゃのひとつだった。



 駅ビルの中にあるファミリーレストランに、ざわめきを裂くように、軽やかな女子の笑い声が響く。桃頭アカネ、篠原喜美、近藤愛花の3人の笑い声だった。


「あいつ、本当に役立たず。スカウトの話に傷がついたらどうしてくれるんだっつーの」

「本当ですよね、アカネ先輩、かわいそう」

「愛花の言う通り。アカネ、元気出して」


 4人掛けのテーブル席で、3人はきゃらきゃらと話に毒のある花を咲かせていく。


 彼女たちにとってくれなは加害者で、アカネは被害者だった。おどおどとした態度でイラつかせた、役立たずで足を引っ張った、その他もろもろ。それがくれなの罪状で、アカネはその迷惑を被った被害者なのだ。


「あの女マジでむかつく。チーム組んだ頃は先輩風吹かせてた癖に、私の方が強いってわかった瞬間、おどおどしだしてさぁ」

「わかる。別人かってくらいだよね。二重人格なんじゃない?」

「やだぁ、気持ち悪い」


 配慮も優しさもない会話が弾んでいく。


「最近大型の怪物も出ないですし、アカネ先輩のスカウトが遠のいちゃう」

「まぁでも、うちらには『あの人』がいるしね」

「そ! 魔法界本部にも口ぎきしてくれるらしいし、スカウトも時間の問題でしょ」


 アカネがやれやれ、といった具合に笑う。


 彼女たちはまだ気づいていない。自分たちが今、薄氷の上にいることに。


「あーあ、あの女、もっと使い潰しておけばよかった」


 死の足音が、近づいてくることに。


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