4話 遊園地での出会い


 遊園地のスタッフしか入れない、関係者以外立ち入り禁止エリアで、3人の魔法界の魔法少女が走り回っている。


 曇天の下、戦況は悪化していた。


 自分たちを囮に怪物をこのエリアにおびき寄せたのはいいが、何ぶん数が多い。魔法でスタッフの服に一時的に着替え、スタッフのふりをしてこのエリアに入った。認識を阻害し、魔力があるもの以外の侵入を阻む結界を張ることには成功した。が、1階建ての家くらいの黒い影のような、漆黒に染まった人型の怪物はあと7体はいる。

 

 黒い怪物が大きな拳をふるう。


「やだあああああああああああああ! 死にたくないいいいいいいいいいいいい!」


 紫色の髪に白のインナーカラーの髪をした、ポニーテールの魔法少女が悲鳴とともに地を転がる。彼女の濃いパープルのクラシカルなロリータドレスは、土で汚れていた。


「ひええええええええええ! 僕はもうだめだあああああ! 辞世の句を詠ませてええええ!」 

「落ち着いてルナ!」


 ルナ、と呼ばれた紫色の少女は己の名を呼んだ魔法少女の方へと振り向く。


「だってええええええ! みやび、結界あとどれくらい持つ!? 僕の死期が来るのとどっちが早い!?」

「縁起でもないこと言わないの! 死期なんて来させないわ! 2人は絶対に守るから!」


 涙目のルナをたしなめながら、ベージュのカールしたロングヘアーを揺らした魔法少女が、怪物に蹴りを入れる。雅、と呼ばれた彼女の白とピンクのフレアドレスも、ところどころ破れている。


「とにかく攻撃を避けて! 応援が来るまで魔力をとっておいて! 私に何かあったら、ふたりのうちどっちかが結界を張れるように!」

「それで応援来なかったらどうすんの!? 最強のカワタレ様たちだって遠出して、今本部に帰ってるとこなんでしょ!? 間に合う!?」


 東京には、彼女らが所属する「人間界魔法少女管理本部」の他に、全国に存在する魔法界の支部の、東京支部が存在する。何人か戦える者も存在するが、支部は東京の西方にあり、茨城の県央の遊園地には少し遠い。おまけに本部ではないので、転送装置が存在しない。


 転送装置のない人間界の魔法少女および魔法界の役人の移動手段は、並外れた脚力を使った徒歩だ。常人の何百倍の脚力を持つ魔法少女および魔法界生まれの役人でさえ、ビルたちを飛び越えて走っても、時間はかかる。


「もうすぐだって! 全速力で行くって連絡あったから! それまでやるわ! 頑張りましょ!」


 雅のはっきりとした声に、ルナは「わかったよぉ!」とまた走り出す。


 背後から気配を感じ、雅がはっと振り返る。怪物が拳を振りかぶっていた。が、怪物の脇腹に、Y字型の黒い大きなパチンコがそのまま、棍のごとく打撃を放つ。


「ありがとう、マリット! ケガはない!?」


 棍のような大きなパチンコを振り回す、白と青のドレスのマレットという少女は、肩までの黒髪を揺らして頷く。


「なんとか。雅さん、そのカワタレさんが入れ込んでいるっていう、スカウトした新人っていうのも、役に立つんですかね?」

「とっても強いって話だけど、精神的にかなり疲弊してるっていう話よ。どうかしら。分からない」

「はっ、スカウトされるくらいなんだから、この状況もなんとかしてくれるんでしょうけど」


 鼻で笑い、マリットはパチンコを引き、怪物めがけて魔法で作り出した黒い鉄の球を放つ。勢いよく放たれたそれは怪物の額に命中した。


「ちょっと、攻撃しなくっていいって言ったじゃない!」

「だってあの怪物、雅さんのスカート破きましたし。私の目は誤魔化せませんよ? 許しません」

「私のことはいいから!」


 眉の角度を鋭くしたむっとした表情のまま、マリットは2発目の準備をする。


 そのとき、地が凹むくらいの脚力で素早く、怪物が突っ込んできた。


「マリット! 左!」


 雅の声で、マリットが視線を怪物に向ける。真っ黒な怪物は思い切り、足でマリットの細い身体を蹴り飛ばした。


「うぐっ……!」

「マリット!」

「マリットちゃん!」


 マリットの身体がコンクリートの壁に叩きつけられる。コンクリートには大きくひびが入り、彼女の身体がだらりと地に落ちるとともに、パラパラと破片が音を立てて崩れた。


 2体の怪物がマリットを蹴り飛ばした個体につづき、ずしん、ずしんと彼女へとどめを刺そうと歩いてくる。かはっ、と低い声とともに、マリットは口から血を吐き出し、自虐的に笑う。


「……はは、こんなの、聞いてないけど……」


 蹴り飛ばされたはずみで彼女の武器は遠く離れたところに落ちていて、マリットは丸腰だった。魔法少女が一度に生成できる武器の数は魔法少女によって違う。彼女の場合、パチンコ用の弾は魔力の限りいくらでも生み出せるが、大きなパチンコ本体自体は1回の変身につき1個しかできなかった。


 計3体の怪物がマリットを囲む。


「クソ、僕じゃ間に合わない……! 逃げて!」

「やめなさい!」


 ルナと雅の焦った声が響く。2人とも最後の足掻きで駆けだすが、距離を見れば間に合わないことは一目瞭然だった。


 怪物のうち1体が大きく拳を振りかぶる。マリットは闘志の消えない力強い瞳で怪物を睨みながら、ぐっと歯を食いしばった。


 刹那。


 ひゅう、と風を切る音が、マリットの耳を掠める。それは上から聞こえた。


 視界を光が包む。


 どんっ! と衝撃音とともに、空から眩しい光が降ってきた。びきびき! と音を立てて地にひびが入り、怪物たちもひるんで動きを止める。光は白く輝き、怪物たちとマリットの間に割り込んでいる。


「……へ?」


 光がすっと消えていく。そしてようやくマリットは、光を放っていたものの正体が、人だと、応援の魔法少女だと、気づいた。魔法少女はすっと腕を横に開き、マリットをかばうように怪物の前に立ちはだかる。


「もうすぐ列車が来ます。ゲンさんが治してくれますから、もう少しだけ、頑張ってください」


 真っ赤な長い髪を揺らす、白いドレスの魔法少女。その背は真っ直ぐで、力強ささえ感じさせる。マリットは呆然と、その背に見惚れた。


 ショッキングピンクのリボンが巻かれた脇差を構えて、魔法少女は怪物めがけて飛び上がった。


 目にも止まらぬ速さで、怪物の首に当たる部分を刺しては切り裂き、もう1体刺しては切り裂き。度重なる怪物からの拳や蹴りも踊るように避けながら、彼女は3体の怪物を倒れさせる。


 そして身体全体を脇差で攻撃し、人間でいう心臓の辺りに核があることに気づいた彼女は、核を的確に狙って串刺しにする。怪物はぱきぱきと、木の葉が擦れるような音を立てて塵となった。


「大丈夫!? ごめんなさいルナ! 私、結界で魔力使ったから、代わりに治療お願いしていいかしら?」

「マリットちゃあああああああああん! 大丈夫!? 僕が今治すから!」

「……ありがと、ルナ。私は大丈夫。雅さん、すみません、油断して」

「話せる気力があるなら何でもいいのよ。無事でよかった。はぁ……もう、本当に肝が冷えた……」

「私のことより」


 3人は、次の怪物めがけて走り出した彼女を見つめる。まるで映画を見ているような気分にマリットは襲われた。舞うように戦う、赤くて白い、魔法少女。


「……かっこいい」


 マリットは無意識のうちに口に出していた。


 ルナがマリットの背に手を当て、治癒魔法をかける。マリットの傷が少しずつ塞がる頃、しゃらん、しゃらん、と軽やかな音がだんだんと降ってきた。魔法少女返納列車が空から降りてくる。


 ぷしゅう、とドアが開き、ゲンとカワタレが3人に駆け寄る。


「いやー間に合ってよかった! 3人とも大丈夫!? 俺たちが来たからにはもう安心だよ!」


 明るいゲンの声に場の緊張感が和らぐ。一番ひどい怪我のマリットの元へゲンが駆け寄り、回復役を交代する。ルナが「それよりも!」と立ち上がって声を上げた。


「ゲン様! カワタレ様! あの子なんなんですか!? なんか光ってましたよ!? しかもひとりで7匹相手にしてるし!」


 ルナは興奮した口調でゲンとカワタレに尋ねる。


「世にも珍しい魔法少女の適合反応だ。カワタレ様も初めて見た。稀にいるんだよな、人間界生まれの子で、変身アイテムが身体にめちゃくちゃ適合して、力が倍増する子」 

「カワタレさん、まさか、あの子が適合反応を出すことを見越してスカウトを?」


 雅の問いにカワタレは笑顔で、ひらひらと両手を振った。


「はは! それが全くの予想外! すごいな、カワタレ様の審美眼!」

「あはは! すごいのはカワタレじゃなくてくれなちゃんでしょ?」

「うるっせぇ。くれなちゃんもすごいしカワタレ様もすごいんだよ」


 そんな話をしているうちに、怪物の数は残り2体となっていた。くれなは変わらず一心不乱に怪物を切りつけたり刺したりしている。


「くれなっていうんですね、あの子! すごい、王子様みたい。イケメン女子だなぁ、僕もあれくらい動けたらなぁ」


 くれなが戦う姿を見ながら、ルナが目を輝かせる。


「あっ、そうだ。ルナの方が先輩だからいろいろ教えてやってくれ」

「うえ!? あんな強い子に!? 無理ですよお! 僕ごときが何を教えることがあるって言うんですか!? 雅ぃ、代わりにやってぇ!」

「あらあら。ほらほら、泣かない泣かない。後輩ほしいってルナ言ってたでしょ? 後輩を大事にしたいって、そう思えるだけで大丈夫よ、よしよし」


 雅に横から抱きついているルナは、頭を撫でられながら「絶対失望されるううう」と情けない声を上げる。


 その頃、くれなは1体の怪物の攻撃をひらりひらりとかわしていた。


 怪物にも知能はある。人間同様、野生動物同様、追い詰められたときが一番危ないというところも、共通している。


「みなさん、1体こっちに来ます!」


 くれなが1体の怪物の攻撃を避けきり、心臓に脇差を突き刺したときだった。マリットの声で全員が怪物に視線を向ける。


 最後の足搔きとでもいうかのように、怪物が勢いよく突進してくる。それにすぐ気がついたくれなが追いかけるが、怪物が5人のもとへとたどり着いてしまう方が早そうだ。


 カワタレが一歩を踏み出し、前に出る。彼女は人差し指を立てる。ぶうん、と音を立てて、淡い水色の魔法陣が地に広がる。


「私の可愛いプリンセスが恐ろしいか? クソ雑魚が」


 くい、と人差し指を軽く曲げる。


 魔法陣から出た大きな氷の塊が壁を作る。怪物が氷に触れた部分から、びきびきびき! と軽やかだが、どこか鈍く、肝まで冷えていくような音とともに、怪物の腕が凍っていく。


 氷は怪物の全身まで広がり、とうとう完全に固まった。


「くれなちゃん! よろしく!」

「はい!」


 くれなは大きく飛び上がり、怪物の心臓を、核を狙う。


「はぁっ!」


 鋭く力強い声とともに、脇差が身体を貫き、裂き、核を壊す。


 怪物がぱきぱきぱき、と軽い音とともに塵になっていく。結界の中は完全に怪物の姿が消え、穏やかな空気が漂い始めた。


 風に乗って消えていく怪物の黒い塵とともに、赤い髪がなびく。くれなは脇差を魔法でしゅん、と軽い音とともに消す。


 雅たち、魔法少女記録係3人とくれなは目が合う。くれなの鋭かった瞳が和らぐ。はっと息を短く吐いて、くれなは全速力で5人のもとへと駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか!? 怪物の攻撃当たりませんでしたか? 私の脇差当たりませんでしたか? あっ残党がいないか探しに行かなきゃ……えっと、えっと」


 あわあわと焦るように両手を動かすくれなに、記録係の3人はまばたきを繰り返す。先ほどまでの堂々とたる戦いぶりとは相反したくれなの表情と態度に、呆気にとられていた。


 一方、くれなはまた、思考がどうしよう怪物に襲われていた。


 返納列車の中で変身アイテムを身体に取り込んだ。その瞬間、身体から力と光が溢れた。そして列車が加速して応援要請のあった箇所へ向かっていると、上空から、遊園地の隅で怪物たちを見つけた。カワタレの「この高さなら、今のくれなちゃんならいける」という言葉に即座に頷き、すぐさま飛び降りた。


 あとは夢中で戦った。身体はどこまでもいけそうなほど軽く、視界は透き通るほどに明瞭だった。なのに、戦いが終わるとまたもやこのどうしよう怪物に支配されてしまう。


 記録係の3人の無事を確認しなきゃ、でも残党がいたらどうしよう、そもそも自分なんかが出しゃばりすぎてしまっただろうか、さっき脇差をふるったときに切った感覚は本当に怪物のものだろうか、間違って一般人を切っていたらどうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。


「くーれなちゃん」


 苦しむ心臓を撫でる声。カワタレの声だった。カワタレは片腕を伸ばし、くれなの肩を組んだ。くれなの顔を覗き込み、カワタレは明るく微笑む。


「大丈夫。残党もいない。くれなちゃんが先行して切り込んでいってくれた瞬間から、誰一人怪我してない」

「ほんと、ですか」


 か細いくれなの声に、カワタレは頷く。


「あぁ、だから絶対大丈夫。カワタレ様の名において、保証する。そうだ、いったん深呼吸しよう。吸って、吐いて」


 カワタレの声とともに、すー、はー、とくれなは大きく深呼吸をする。


 ___そうだった、カワタレさんが傍にいる限り、大丈夫だった。


 胸に刻んだ魔法の言葉と、春のあたたかな空気の酸素が、くれなの脳に染み渡る。


「メモはいるか?」

「……い、いえ、少し落ち着きました。それに、カワタレさんが言うなら、ちょっとだけ、安心です」

「そうか、よかった」


 そう言うと、カワタレはくれなの両手をとり、歩き出す。そしてふっと笑い、大きくぐるぐると、くれなとともにメリーゴーランドのように回りだす。


「ほんっとうに君は面白い! 最高! これがミュージカルなら拍手喝采だな! 初陣としては完璧だ! 全部録画して、君を今まで馬鹿にしやがったウジ虫共の脳内に、送り付けてやりたいくらいだった!」

「あわわわ」


 小さな動揺の声を漏らしながら、楽しげなメリーゴーランドは回っている。

 

「あ、あの!」


 回転を止めたのは、ゲンとともにくれなとカワタレの方へと歩み寄った、ルナの声だった。


 ルナは意を決して息を吸う。


「おおおおおおおおお、『王子』って呼んでもいいですか!?」


 くれなはまばたきを3回する。これは、あだ名というやつだろうか。ルナはおずおずとくれなの顔を伺う。


「おっ、お好きに呼んでください。ぜひ」


 くれなはカワタレと手を繋ぎながらそう答える。


「だってさ! よかったねルナちゃん!」

「えへへ、やったぁ! ゲン様の言う通り、勇気出して言ってみてよかった! よろしくね、王子! いえーい!」


 ゲンとルナはハイタッチをする。嬉々としたふたりの様子に、くれなの口角が緩む。あだ名なんて小学生のとき以来くらいだろうか。にやけないように少しくれなは俯いた。


 ゲンとルナに続き、雅とカワタレが歩いてくる。


「じゃあ私はくれなって呼ぼ。あなた、スカウトされるだけあって本当に強いんだね」

「あらあら、珍しくマリットが人を褒めるなんてね?」

「べっ、別に? 私は実力がある人が好きなだけです」


 雅のからかうような瞳に、マリットがふいっと首を横に振り、手を口元に手を当てて、咳払いをする。


 マリットは丸い瞳を真っ直ぐに、くれなに向ける。


「助けてくれてありがとね、くれな」


 くれなは瞬きを繰り返す。何と言葉を返せばいいか思考を巡らすとともに、頬がじんわりと温かく熱を帯びていく。


 嬉しい。混じりけのない、澄んだ感謝の言葉を受け取ることなど何年ぶりだろう。


「あ、えと、その、無事でよかった、です」


 くれなは途切れ途切れの返答を口にすると、真っ赤な顔を俯かせる。そのまま小さく横に動いて、カワタレの背に隠れる。


「王子、真っ赤になってる! ギャップ可愛すぎなんですけど!」


 ルナの楽しげな声に、みなが温かな視線をくれなに向ける。


 穏やかな空気の中、結界が溶けるように消えていく。結界の解けた空の先で、雲の隙間から小さく、青空が広がっていた。












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