暑い熱い舞台の上の季節8

 3階に来るのは初めてだった。1階には無かった畳の和室に通されて、靴を脱いで上がった。ざっと数えて32畳くらいある、まるで大人数で宴会でもやるようなお座敷のような広さでやっぱり桁違いだ。美羽と星夜が生活をしているのが3階だと白夜が言っていたが、物がごちゃごちゃしているわけでもなく、むしろ以前の自分の部屋と同じで、生活感がまるでないように見える。

この部屋しか知らないから、そんな風に見えるだけかもしれないが…

お茶とお菓子を運んで来てくれた家政婦さんに、白夜の様子を聞いても一切応えてくれない。

そして、合図があるまでこの部屋から出ないように、と、注意を受けた。

なぜか完全に邪魔者扱いされている。

最終手段だと思って白夜本人のスマートフォンにメッセージを入れてみたが、いくら待っても返事は来なかった。

そもそもあんな状態だったんだから、それは無理がある、か…?

途方に暮れていると正座していた足がピリピリと痺れて痛くなる。まさに前途多難だ。


立ち上がって背伸びをして、痺れた足をずるずる引きずって窓際まで歩くと、大きな庭がよく見える。以前暮らしていたマイホームの庭とは比べ物にはならないけれど、あの人は…そんな庭でも喜んで、毎年季節の花を植えていたっけ…

毎朝通勤前に眺めて綺麗だと思っていたんだから、それをタネに少しでも話しをしてあげられたら、また違った今があったのかもしれない。


それにしても落ち着かない。


そして、やっぱり今、1番、気掛かりなのは白夜の事だ。

なんの着信もないスマートフォンに、再び目をやって溜息を吐いて再び畳に腰を下ろす。

それを数回繰り返して、ようやく美羽に呼ばれ1階に降りる事を許された。

廊下で家政婦さんが新しい花を花瓶に移しているのが目に入る。

いつもとは違う方向に歩こうとする美羽に疑問を覚えて声をかける。


「……あれ?美羽さん、白夜くんの部屋は…」


「……本当はヤマさんには、こんなの知られたくなかったんだけど、動けそうにないんだし、仕方ないわ…。言っておくけど他言無用よ。」


戸惑ってはいられない。

踏み込んだ世界なのだから、後戻りするつもりもない。

突き当たりの壁の横のごく普通の電気のスイッチの下にある、目を凝らさないとわからないような小さな窪みに美羽は何かをそっと近付ける。

すると壁が開いてエレベーターが現れる。

まるで子供の頃にテレビで観たような秘密基地のようだ。


だいぶ地下に降りて、降りた先にはまた重厚な扉がある。

手元を隠して美羽がパスワードを入れると、ようやくその扉が開いた。


内装だけではなく、置かれた椅子やテーブル、飾られた花まで全て真っ白な広い広い大きな部屋、ついつい目線があちこちにいってしまう。美羽に連れられ進んで、10センチくらい高い位置にある白いカーテンを開けると、白いソファの上でぐったりしている白夜をようやく見つけ、慌てて駆け寄る。

腕に素人がぐるぐる巻いたような包帯からは血が滲んでいる。

点滴を無理矢理外したのか…!?


「白夜くん!美羽さん、なにが…あって、こんな事を…」


「……簡単に言えば白夜の、大事な仕事。生かされている意味。どんな時でも拒否権はないの。」




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