暑い熱い舞台の上の季節7

 病院への帰り道の車の中、朔はずいぶんと大人しかった。

病院に着いてからも、こちらの応答に笑ってはいるものの、いつもの雰囲気ではなかった。それが作り笑顔だっていうのが、感の鈍い自分にもわかったくらいだ。

あんな状態の白夜と会わせたのが間違いだったのではないかと、後悔して、朔の事がとても心配になりながらも、帰宅してからは大翔との時間を優先すると決めて、いつも通り過ごしたつもりだ。


この晩も、寝苦しい夜だった。

何度も何度も寝返りをうって、やっと寝付いた辺りで、久しぶりに夢を見た。


沢山の光の海の中心で、親友と舞台に立っていた。

心地良くて胸が高鳴る。

ずっとこの場所にいたいとさえ、思えてしまうような。

くっきりと鮮明に瞼の裏に残っているあの日の記憶。


そうだ、親友も自分も能力なんて関係なく、うたをうたうのが、ただ好きだった。

あの光の中で、どんな気持ちだったかなんて、聞く必要もなくて同じだった。


どんな未来がその先にあったとしても、あの時は今、その瞬間の輝きだけを求めていた。


そして、みんながみんな、自分たちのうたで笑顔になって幸せになって、それが、嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。



「また、来世も一緒に…今…まで、ありがとう…優司…」


嫌だ、なんで、そんな顔で、そんな事を言うんだ!?


置いていかないで、置いていくなんて…

1人になったら、もう、うたはうたえない…


うたえないんだ、


ぼくのうたは、もうしんだ


能力を失ったからじゃない


1人のうたには価値がない


そうだろう?


光の中から、暗闇にゴロゴロと転がるように落ちて……


「……父さん!父さんってば!」


「……ん?」


目を開けると、大翔の顔が目の前に見える。

どうやら、スマートフォンのアラームを無意識のうちに消して、そのまま起こしても起きないから、困っていたようだ。

でも、まだ出勤時間には十分余裕がある。

さすが、しっかり者の大翔だ。

今日の朝食は、焼き魚があって豆腐の味噌汁がある定番の和食だった。なんでも作れるんだなぁと、感心しながら、一緒にそれを食べた。野菜は少ないけれど、苦労して苦手な物を1つ食べるより、好きな物をたくさん食べた方がいいと思う。

 外は小雨がポツポツ降っていた。

だからといって、暑さが緩んでくれるわけでもなく、まるで蒸篭の中のシュウマイにでもなったような体感だった。

美羽にゆっくり来てほしいと言われていたが、点滴の事もあるし、早く様子を見たいから、独断で時間を早めて柊の家へ向かった。

途中の道路沿いの花壇に咲き乱れている向日葵が雨に濡れて、なんだか悲しそうな表情をしていた。


 柊の家に着くと、玄関で高そうな革靴が5足揃えてある。

こんな朝早くから、来客か?


「おはようございます、美羽さん。」


「ヤマさん、おはよう。えっと…私、言ったわよね?」


明らかに困った表情をする美羽に、一先ず早く来てしまった事を謝った。

そして、そのまま白夜の様子を尋ねようとしたが、今度は美羽に「ごめんなさい。」と、謝られて、ボディガードの男たちに腕を掴まれ意志とは関係なく家の3階に追いやられてしまった。

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