暑い熱い舞台の上の季節6

 部屋に入ると、ベッドの横にいた藤崎が、こちらに会釈するから、朔と共にそれに応える。

白夜は身体を起こして目を開けていた。

その目で朔の姿を見つけ、久しぶりに微笑んでくれた。

さすがの朔も、いつものように騒がしくバタバタ駆け寄ったりせず、静かに歩み寄って黙って手を握る。


「白夜くん、今朝よりも、だいぶ顔色、良くなったね。」


声をかけると、こちらにも笑みを見せてくれたから、とても安心した。

ほんの数分だけ白夜と朔を2人だけにしてあげて、廊下で美羽と藤崎からメモをとりながら色々と話しを聞いた。

やっぱり、おかしなことに仕事上で必要な話しはスムースにできるから不思議なものだ。

2人に白夜を任せられて再び部屋へ戻ると、車の中でも、うたっていた優しいうたを朔は小声でうたっていた。

このうたのおかげで、さらに不安は消え穏やかな表情に自分も変わる。

朔がうたい終えるのを待って、それから診察を始める。

「手伝います!」と言ってくれた朔だったが、流石に今回は部屋の隅の方で待っていてほしいと伝えた。

もちろん、朔は聞き分けがいいから「わかりました。」と、返事をしてくれた。


声をかけながらいつも通り診察を進めていく。こちらの質問に応えられるくらいだから、ずいぶん良くなった。

正直、良くなるなんて思ってもいなかった。

これは、とうに限界を超えている白夜の生きたいという強い意志の現れなんだろう。

そっと腕を掴むと、ここ数日で、また細くなったような気がする。朝よりもだ。


「……ヤマさん…ピアノ……弾きたい。」


「えっ…?」


戸惑っていると朔が飛んで来て


「びゃくちゃん、さすがにもう少し元気になってから練習しましょう?さくちゃん、ちゃーんと待ってますから!」


心の中で思った事を、だいたい代弁してくれた。

さすが朔だ。無理矢理とはいえ連れて来て本当によかった。


「そうだよ、白夜くん。今は元気になるのが優先!無理しないで休むんだよ?」


「………。」


白夜は何か言い返したいという感じだったが、黙って下を向いた。

朔はなにか勘付いたかのように、ちょんと頷いて手を握る。

カルテに記した現実を見せたって、たぶん、ほとんどわかりはしないだろうけど、距離を置いて、こそこそと入力する。

ここには残酷な真実しかない。

2人は知らなくていい…。

だって、2人は、こんな真実、打ち破って、ずっとずっと未来に進んでいくんだから。


「ヤマさん、診察もう、いいです?さくちゃん、またうたを、うたいたいです。」


「うん、もう、いいよ。」


朔のうた声は、白夜にとっては、どんな薬よりも大切なものだろう。

穏やかな表情のまま、眠りに落ちていく。


早く舞台の上に朔の隣に立たせてあげないと…

嘘だと願い続け、信じたくないけれど、現実的には、どう足掻いても、時間はあまりなさそうだ。

自分にしてあげられることが、あまりにも少なくて悔しくなる。

こんな子供たちを救えるようになりたかったのに、悔しくなってばかりだ。

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