暑い熱い舞台の上の季節

 連日、最高気温35度以上という記録的な暑さが続く、まさに酷暑の夏だ。

世の中の夏休みというものが始まって、あっという間に何日も過ぎて早くも8月。

 朝の食卓には、焼きたてサクサクの食パンと焼き目が綺麗な目玉焼き、それにパリッパリのソーセージ。あとは、お湯を注いで作った簡単なレトルトのワカメのスープ。

大翔が夏休みの間だけ、と言って、この狭くて何もないアパートに、転がり込んで来た。

年齢的にも、親権よりも本人の意思の方が左右されるし、あちらも放任という感じで、仕方なく好きにさせている。


「いただきます。」


それにしても大翔がこんなに料理や家事をこなせるなんて、とても驚いたかな…。

ほとんど掃除らしい掃除をしていなかった部屋が、見違えるほど綺麗になったし、コンビニで適当に買っていた朝昼晩の食事が、どれも、手作りのあったかいものに変わった。

野菜はお互い苦手だから少な目だけど。


「父さん、夜ご飯は、なににする?」


「大翔の好きにしていいよ。」


「いつも、そのパターンじゃん。」


この怒り方が、毎回あの人にそっくりで、似なくてもいい所って、本当によく似るんだなぁって納得してしまう。


「…じゃあ、カレーがいいかな?」


「カレー!いいね!」


「人参と玉ねぎは少なめにしてね。」


「わかってるって!」


料理をするからって台所用品や食器なんかを色々買わされたけど、本来なら普通に家にある物だし、大翔のおかげで、やっとここが生活している家っぽくなったようなものだ。

夏休みといっても、自分は関係なく仕事があるし、大翔もバイトと課題、それにボイストレーニングに通わせてみたり、夜には一緒に歌のレッスンをして、むしろ学校に行っているよりも忙しいかもしれない。

玄関で、笑顔で

「いってらっしゃい。」

「いってきます。」

を、交わす事が、こんなに嬉しい事だったなんて。

なんで今まで、知ろうともしなかったんだろう。

自分から避けていたようなものだ。


「暑いから、こまめに水分と塩分ちゃんと補給するんだよ。」


「はい、はい。父さんも早く出ないと、白夜くん待ってるよ?」


「あっ、そうだ、そうだ!」


大翔の出発を見届けて数分で、自分もバタバタと家を出る。

学校に行く普段よりも、夏休み中はゆっくりだから、ついつい油断してしまうんだ。

こんなに暑いと、健康に自信のある人間でも気を付けて過ごさないと、すぐに体調が悪くなるんだから、白夜が元気でいられるわけもなく…

お盆休みが終わったら何日もせずに、舞台に上がる本番が来るというのに、8月に入ってからは、ほとんど練習に行けていない。


「おはようございます、美羽さん。」


「おはよう、ヤマさん、今朝も暑いわね。」


「そうですね。最高気温37度らしいですよ?」


「もう、いやね、外に出たくないわ。」


たわいもない会話をしながら、白夜の部屋へと足を進める。

柊の家は、廊下や玄関、トイレでさえも快適な温度になっていて羨ましいが、この家の人間にとってはコレが通常で普通なんだろうな。

まさか、居間にしかエアコンのない、うちのアパートなんて想像もつかないだろう。

寝る時に寝室が暑いから、隣の居間の戸を開けっ放しにするとか…わからないだろうな。






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