煌めく雫が大地を潤す季節15
迎えに来た彼女と顔を合わせるのはどうしても避けたかったから、物影からそっと大翔の背中を見送った。
会話らしい会話もそんなに出来なかったけれど、なんだか急に寂しくなる。
大翔も何度も何度もこちらを振り返っていた。
こんなのでも、今も、父でいいのだろうか…
感傷に浸っている暇はなかったと、ハッと気付いて、スマートフォンで時間を確認すると、急いでギリギリという時間で、とても焦った。
ポツポツと小さな雫が空から舞い落ちてくる。
今日も、また雨降りか…。
でも、止まない雨はないって、どこかの誰かが、かっこよく言っていたな。
自分が言ったら、大丈夫か?と、思われるだけだろうけど。
柊の家に着く頃には、いつも通りを装えるくらいに、余裕ができていた。
玄関で家政婦さんたちに出迎えられ、いつも通り白夜の部屋へ進む。
家の中のあちらこちらに飾られた花が、昨日よりも多くなっている気がする。
「白夜くん、おはよ…う?」
ベッドの下に散乱している楽譜に、まず驚いて、そのまま目線を上げると机の上にも楽譜が沢山あって、さらに何枚かは顔の横にまであって、そのまま眠っている。
そっと毛布から出ている左腕を捕まえて脈をとっていると、扉が開く音がして、誰かが部屋に入って来たようで振り返る。
「……美羽さん、おはようございます。なにかありました?」
「……おはよう、ヤマさん。見ての通りでしょう?」
「……そうですね。」
美羽に小さな水色のノートを差し出され、捕まえた腕をそっと離してそれを受け取る。
これは自分がついていない時に使った薬をメモしておくものだから、とても大事なものだった。すぐに開いて目を通す。
「……ヤマさんを呼ぶほどじゃなかったけど、夜中に、まあ、色々あってね。でも、学校は絶対に行きたいそうよ。」
「……診察次第では休ませたいですけどねぇ…。」
「じゃあ、あとはよろしくね。」
こっちの話しをまるで聞いていない。
最低限の事だけ伝えて美羽は急ぎ足で部屋をあとにする。
もはや、いつもの事だし諦めようと思えてしまう。
床に散らばった楽譜を拾い集め、ベッドの上にあったものも静かに手に取って、全て机の上にのせる。
「白夜くん、おはよう。朝だけど、起きられる?」
声を掛けると、ようやく薄目を開ける。
自分から声をかけておいて、起こしたくない気持ちがまだ半分以上。
「……起きられなかったら、無理しなくていいからね。ただ、診察だけは、させてね。」
鞄から診察道具を取ろうと、一旦離れると、すぐに白夜がこちらに向かって両手を伸ばす。
まるで、起こしてくれと言っているようだったが、それにはこたえなかった、こたえたくなかった。
「……ヤマさん…起こして。ピアノを…」
「診察するから、そのままで。」
「……ヤマさんも…救い、たい…」
その時その言葉で気付いた。
そうか、白夜は、自分なんかの為に…
沢山の楽譜の中から、どれをうたうのか、模索していたのか…
両方の手を捕まえて包み込む。
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