煌めく雫が大地を潤す季節13
いつも以上に優しい音色が染み渡る。
心を癒すクラシックの名曲が、細い指先から1音1音正確にうまれ、譜面の通りしっかり組み上げられていく。
こんな自分の為に…
演奏が終わると、目の前が少しぼやけそうだった。気付かれないように下を向く。
勘がいいから、きっと気付いているだろうけれど。
「…白夜くん、ありがとう。」
横になるのに手を貸そうとすると、白夜は、それを受け取らず、ベッドに転がって、さっさと毛布をかぶってしまった。
これでは、どっちが助けられる立場かわからない。
仕事中に、私情を持ち込んで、自分はいったいなにをやっているんだ。
残念ながら不器用で謝る術も知らない。
せめて、これ以上負担を掛けないようにと、そっと部屋を後にした。
なるべくいつも通りに、と、自分に言い聞かせて、家政婦さんと話しをして
戻った後も、平静を装っていたが、どうも隠すのが下手なようで、バレていたのか、早めに休めと追い出されるように帰されてしまった。
悩んだって仕方ないのに。
今までもこれからも、ずっとずっと自分は1人なんだから。
真っ直ぐ帰る気にもなれず、カラオケに立ち寄って声を出す。
これでスッキリできる。
人前で歌うのは恥ずかしくなったくせに、こうやってコソコソ歌うのは今でも好きだし、歌っていれば余計な事を考えずに済む。
結局は、ここに行き当たるのが、なんだか、おかしい。
沢山の声援を浴びて光の中にいた頃が、懐かしいような、まるで夢だったような…。
カラオケを出るとすっかり夜も更けていた。
明日も朝は早いのに、熱中し過ぎたようだ。
能力を持っている間は、夜は危ないと言われて出歩くことすらできなかったのに。
今はこんなに自由だ。
いつもなら徒歩で帰る距離だが、タクシーを拾って自宅のアパートに戻った。
部屋の前に人影を見つけて足を止める。
こんな時間に……誰が?
自分を尋ねて来るような人はそもそもいないし、心当たりもない。
この時間だと、灯りが少なく、ほとんど暗闇で、顔や姿を確認することは不可能だ。
「……どなたです?…もしかして、部屋、間違えてませんか?そこは、ぼくの部屋ですよ。」
恐る恐る声をかけると、
「…父さん、こんな遅い時間まで仕事?」
聞き覚えのある声が低くなって、自分の事を『父』と、呼んでいる。
「
驚きというより恐怖が勝る。
自分が捨てた家族…
今更なぜ?
帰ってもらわないと…
帰らせないと…
言葉を紡ごうと必死になるが、一瞬、理性がちゃんと働いて、こんな時間に高校生を1人で帰すわけにはいかないと気付いて、とりあえず部屋の中へ招き入れた。
明かりの下で見る長男は、すらりと身長が伸びていて、凛々しい眉で男らしいが、鼻や口元は愛した人によく似ていて可愛らしく、安心するくらい昔も今も自分には似ていない。
見事に何にもない殺風景な部屋を興味深そうに長男は見回している。
探しているといけないと思って、数年ぶりにあの人にショートメールを入れた。
返事はないけれど、こんな時間だし仕方ない。
「……いったい何しに来たの?…明日も学校あるよね?」
テーブルに向かい合って座ったものの返事も応えも貰えず、時間だけが過ぎて行く。
立ち上がって帰り道で買って来たペットボトルの水をそのまま差し出す。
コップかカップの、ひとつふたつ用意しておけばよかったのか…と、思う。
食べる物も溜め込まないから、何もない。
空っぽの冷蔵庫を見て我ながら途方に暮れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます