煌めく雫が大地を潤す季節7
授業が始まる鐘が鳴ると朔は、焦った様子で、それでもその場の全員に、丁寧にペコペコお辞儀をしてから、パタパタと走って去って行った。
あれ?
鐘が鳴ってからだと、授業に間に合ってないよね…
大丈夫かな…?
朔の心配をしつつ、ディスクワークを続けている河村と休み時間も関係なくずっと机に向かっている大希を横目に、白夜の様子を確かめようとカーテンをくぐる。
「白夜くん、早いけど帰ろうか…。」
起き上がってはいないが、朔から受け取ったと思われる楽譜に真剣な眼差しを注いでいて、返事がない。
「……白夜くん…」
「ヤマさん!」
さっきまであんなに弱々しくしていたのに、けろっとしたような元気な返事をするから、驚いた。
朔のさっきのうたの影響…な、わけはないか…。身体の具合を良くする効果はないのだから。
「どうしたの…?」
「一生のお願いです。今すぐ音楽室に連れて行ってください!」
「…えっ?」
前も一生のお願いって言ってなかったっけ…
そして、ろくな事にならなかった。
「白夜くん、今は授業時間だし、どこかのクラスで音楽室使っているかもしれないよ?」
大希が予告なしに突然中へ入ってくる。
「今の時間なら、どこのクラスも音楽室、使ってないかもしれない!」
「大希でもいい、連れて行ってくれ!頼む!」
「いや、大希くんだけじゃ…。」
「ふふふ、じゃあ、みんなで行ってらっしゃい?音楽の自習なんて楽しそうじゃない?」
河村まで、急に入って来て、何を言い出すんだ…手元にある電子カルテを隅から隅まで見せてやりたいくらいだ。
「ヤマさん、お願い…。」
最後にたたみかけてくるのはやっぱり白夜本人だ。そんな必死な目付きで縋ってくるのは本当にやめて欲しい。
「わかった…わかったから、まず、診察させて!ほら、ほら、河村先生と大希くんは出て。」
具合が良いわけがないのは、とっくに知っているが、念には何を入れたっていいじゃないか。
気休めの診察をした所で、大希も伴って3人で廊下へ出る。
授業中の廊下はとても静かだ。
昔もこんなに静かだった?
車椅子を押したいという大希に、渋々白夜を任せて、2人の後ろを歩く。
音楽室に着くと、白夜はますます元気になる。足を止めると、すぐに、まだ結構な距離があるピアノの位置まで自分の足で行こうと車椅子から立ち上がろうとするから、大希と一緒に止めたくらいだ。
生まれてから5歳近くまで病院にいて、歩けないというより、歩いた事がないというのが正解だから、もしかしたらちゃんと歩けるようにはなるかもしれないが…
身体の負担を考えるとこのままの方がいいに決まっているし、第一体力がついていかないだろう。
それにしても、まるで自分の身体の状態をすっかり忘れているみたいだ。
手を貸してピアノの椅子にようやく移ると、さっそく水を得た魚のように、指を鍵盤の上をスイスイ泳がせ、生き生きとしている。
初めて白夜の音を耳にした大希はすっかり見入って固まっている。
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