煌めく雫が大地を潤す季節2

 大希が写真を眺めながらクラス新聞の中身を、スラスラ順調に書き始めたのを見届けてから、カーテンをくぐる。

眠っていて静かな方が、何かあってもすぐ

気付けなかったりするから、確認を怠ってはいけない。


起こさないように気配を消して、気になる事がなければ、触診はせず、なるべく目視だけで済ませてはいる。


酸素供給機の酸素の流量はいつも通りだけど、ちょっと呼吸が普段より浅いかな…。

でも、苦しそうな感じもないし、顔色もそんなに悪くない。


もう1人日本にいるS能力者は、もうすぐ4歳だが、生まれてから1度も目を覚ました事がないそうだから、白夜の場合、まさに今の全てが奇跡のようなものなんだろう…


急にバタバタと誰か走って来る音がしたかと思えば、壊れそうなほど激しく扉を乱暴に開けた音と、とんでもない大声が


「河村先生、血が血が血が!!死ぬのやだやだ、助けてぇぇ」


聞こえて来て、白夜の寝顔も歪む。


「河村先生、早く早く、血止めないと!死んじゃう、死んじゃう!」


何か大きな怪我でもしたのかと、気になってカーテンを出るが、一瞬見ただけでは、何処を怪我しているのかもわからない。

襟足長めの茶髪に、ネクタイをしていない着崩した制服、自由主義者か…。

この学園では、どんな格好も自己責任で特に注意されないからな…。

朔みたいにそもそも制服を着てない子だっているし。


「河村先生、大丈夫ですか?」


河村は、ふふふと、笑って少年の右手の人差し指を見せる。

そこには、目を凝らさないとわからないような、ちょこんとした傷がある。


「死ぬ死ぬ!」


「絆創膏貼っておけば大丈夫、死なないわよ。」


「包帯は!?」


「…逆に指全体の血が止まっちゃって死ぬかもしれないわよ?」


「やだやだ、絆創膏でいい!」


「じゃあ、特別に水玉模様の可愛いの貼ろうか。」


「水玉模様!!やったぁー!」


「貼ってあげるから、声のボリュームダウンしてね。ここは舞台じゃないからね。」


「うん、わかった!わかった!」


保健室の珍客というやつか…。

河村は扱い慣れている感じだし、自分の出る幕はなさそうだ。

それにしても大希はこんなにうるさいのに、顔色1つ変えずに黙々と鉛筆を走らせている。


もしや、慣れている?


「はーい、えのきくん、終わったわよ。血もすっかり止まってるわ。よかった、よかった!」


絆創膏を貼り終えて、本当に心底嬉しそうな顔をしている。

そんな事であんな顔ができるのはすごい。


「よかった!よかった!なぁ、柏、よかったよなぁー。」


パタパタと少年は大希の方へ、いちいちうるさく走って行く。


「……真実まこと、オレを巻き込むなって。」


大希は急いで立ち上がって、逃げるように白夜のいるベッドの向こう側に姿を消した。


「あっ、大希くん…。」


大希を追いかけようとしたが、何故か河村に止められる。


「…同じなんだから…昔みたいに、絡んでくれたっていいのに…。ああっ、おいらはなんて不幸な…」


「榎くん、寸劇はまた今度にして、ほら、授業に戻って、戻って!」


「へい、へい。ありがとう河村先生!あなたは、いつもおいらの命の恩人でぇぇえす!」


くるくる回って敬礼して、さっきよりは静かめに扉を開けて、また回って手を振って、見ているだけで疲れそうだ。


「はい、はい、またね。」


まさに、勢力の強い台風のような子だった。







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