花が散り穏やかな風の吹く季節13

 待ち合わせのショッピングモールに着くと、普段とは違って、色のない真っ白なフリフリワンピースを着た朔が先に待っていた。

相変わらず人目も気にせず、その場ですぐハグを交わして、幸せそうにしている。

目立たないようにと、言われても着いて早々これでは…


「朔ちゃん、悪いけど、あまり、ゆっくりはできないからね。」


「はーい。行く所は決まってるので、大丈夫です!ねっ、びゃくちゃん!」


「…そうだな。」


「白夜くんは、今日は無理するのも頑張るのも禁止で。」


「じゃあ、一生懸命にやるだけだ。」


白夜は朔に小さく小さく畳んだ数枚の譜面を渡す。

ニヤリと笑って応える朔のすぐ横にいた、ガタイのいい、ほとんど同じ顔の青年2人が、ずんずん寄って来て、それぞれ左右の腕をがっしりと力一杯、掴む。


「えっ!?」


突然の事で頭が回らなかった。


「ヤマさん、本当にごめんなさい、ありがとう!」


「ここが、あたしたちの、はじまりになるんだから!」


「どういうことなの!?待って!勝手に行かないで!」


こちらの必死な静止を聞くわけもなく、朔は白夜の車椅子を押して小走りで人混みの中へと消えていった。

2人の姿が完全に見えなくなった所で、ようやく身体を解放される。


「……すみません。お嬢様の指示とはいえ…。」


「我々は椿家の、いわゆるボディーガードみたいなものです。」


そうか……


読めてきた!

ここのショッピングモールの地下は駅に繋がっていて、そこの通路の途中には、誰でも自由に引けるストリートピアノがある。


きっと……


「……ボディーガードさんたち、一緒に追ってもらえますか?」


「……お嬢様に詮索は不要と言われております。」


「申し訳ありませんが、我々はお嬢様の言葉の通り行動することを常に優先しています。」


まるで機械のような感情の乗らない言葉を、投げつけられる。

力を借りようとした自分が馬鹿だった。


とにかく足を動かせ!


まんまと騙されて、白夜の身になにかあったら、美羽にどんなに謝ったって、絶対に許してもらえないだろう。


人混みが邪魔をして、思うように進めない。

車椅子を押しているのだから、当然、朔も、まだそんなに遠くへは行けていないはずなのに、姿を見つけられない。

あんなに目立つ格好をしているのに…


どうして…


どこに?


そうだ、電話を……


あの時、登録した白夜の番号に電話をかけてみるが、すぐに留守番電話に繋がるだけ。


ちゃんと冷静に考えて頭が回れば取るわけがないのが、わかるのに。


階段を降りて地下まで、やっとのことで辿り着いた。

食品売り場は冷えている。

こんな所に長く居たらすぐ咳が出るだろう。

大丈夫な事を祈らないと…


駅の方まで、もう少し距離がある。


あと、もう少し……もう少し…


一層人の群れが大きくなる。

そしてその群れの先から、ピアノの旋律が微かに聞こえてくる。





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