花が散り穏やかな風の吹く季節11

 控えめなノックの音がして「どうぞ」と、声をかけると、珍しくカジュアルな服装の美羽が姿を見せる。


「ヤマさん、こんな時間まで、ごめんなさい、ありがとう。もう、帰ってもいいわよ。」


「いえいえ。」


美羽は真っ直ぐ白夜の元に歩み寄って、自宅にいる時と変わらず、愛おしそうに頬に触れる。


「こうやって、だんだんと眠っている時間が多くなって…いずれは2度と目を覚まさなくなるのかしらね。」


「………。」


例え事実だとしても、そんな悲しい事を言わず、砂の1粒にも満たない希望でもいいから絶えず持っていてほしい。


それは、エゴなのか…


「ねぇ、白夜、そろそろ起きて帰りましょう?星夜も待ってるわよ。」


美羽の呼び掛けに応えることなく、白夜は眠り続ける。

身体は間違いなく限界に近い。


「……連休中も、何か少しでも異変があれば構わず呼んで下さいね。すぐに行きますから。」


「それじゃあ、ヤマさんが全然休めないじゃない?」


「気にせず…」


「……いつもありがとう。でも、連休はしっかり休んで。ヤマさんがいないと、白夜は学校に行けないんだから?」


「あっ……」


「ふふふ」と、笑う美羽に、「あはは」と、笑みを返す

大切な事に気付けない自分が恥ずかしくなる。


「…さく…」


小さな寝言だったが、確かに耳に届いた。

夢の中だけでも朔と、なんのしがらみもなく、普通の子供のように青春して楽しんでいたら…。


「……朔ちゃんの事、大好きですよね?」


「そうね。」


あっさりした返事をして、美羽は白夜から離れる。

気に食わない言い方をしてしまったか?

それともやはり美羽は、高能力の家同士である朔と白夜の関係をよく思っていないのか…。


「ほら、ヤマさん、あとは私がついているから。」


「……では、起きたらナースコールして下さいね。」


半ば強引に部屋を追い出され、とぼとぼと暗い廊下を歩く。


仕事だからではなく、今は、それ以上に白夜を大切に思っている自分がいる。


失いたくない。


本当にどうして、こんな気持ちを家族で抱かなかったのか…。


何度、考えてもわからない。


家族を愛していなかったわけじゃないのに。


浜野にも、あとは夜勤の者に任せて、さっさと帰るように言われ、この日は、後ろ髪引かれながら渋々帰宅した。


そして、そのモヤモヤした気持ちのまま、長い連休が始まる。

いつも通り起きても、やる事もなく、ぼんやりと、内容もよくわからないテレビを見てダラダラと午前をやり過ごす。

昼からようやく動き出して、掃除や部屋の片付けをするが、やっぱり、やる気はイマイチ。

床に転がっている時間の方が圧倒的に長い。

なんの着信もないスマートフォンで、チラチラと、頻繁に更新されるニュースをなんとなく頭に入れる。

それもすぐに飽きて、最終的には惰眠で多くの時間を無駄にする。

そうしていると、あっという間に、その日は過去に変わる。

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