花が散り穏やかな風の吹く季節10

 慌てて白夜の元に駆け寄ると、ずいぶん苦しそうにしている。

今日は、どんなに美羽に拒否されても、無理矢理にでも病院に連れて行った方が良さそうだ。

気休めにしかならないだろうけれど、背中をさする。

そもそも学校を休ませた方が良かったな。


「……Sの能力者って、こんなに弱いんだな……。」


後ろから急に声がして、ビクッと体が飛び跳ねる。


「……大希くん、いつの間に!?」


「ずっといましたけど。」


…河村は止めたりしなかったのか…。


「……悪いけど、見ての通り話しが出来る状態じゃないから、また今度にしてくれる?」


「……ちょっと実験していいですか?」


「えっ…。」


大希は迷いなく白夜の手を両手でしっかり包んで、目を瞑る。

そのまま、清らかで優しい旋律を、静かにゆっくりとハミングする。

心地よい音色にうっとりする。


苦しそうだった白夜の顔がほんの少し穏やかになったような気がする。


大希はうたが心の底から好きなんだ…。


もっと自信を持って、堂々と、うたっていいのに。


能力なんていう、付加価値は、関係ないし、むしろ必要ない。


ハミングを終えると、満足して微笑む。

こんな大希の顔を見るのは初めてで、なんだか自分まで嬉しくなった。


このこともSの能力の影響だというのは、河村に後で教えられるまで、わからなかった。

こんなにいつも直ぐ近くにいるのに…


人の荒んだ心を、和らげ、鎮め、救い、解放する。

うたのちからの全てが、特殊な声だけではなく、そこにいるだけで他人に影響する。


だからこそ、河村は大希を白夜に近付けたかったのだ。


やっぱり、凄まじい力だ…。


しかし残念ながら医学的な治癒ではない。

そんなのは、ファンタジーな架空の物語にしか存在しないんだ。

あったらすごく便利なのに…。


河村伝いに、職員室に早退の連絡をして、美羽にも連絡を入れたところで、そのまま、迎えの車に病院へ向かってもらった。


念の為、浜野の診察を受けたが、結局は何もできやしない。


病院の中のまるでスイートルームのような特別室で、白夜は咳止めの点滴を受けて、また眠っている。

この部屋の存在は知っていたが、入るのは今回が初めてだった。病院というか、ホテルのような部屋で、柊の家と大差ない。

あの家が世間的にはおかしい広さのか、病院のこの部屋が浮世離れしているだけなのか…


胸の音は朝よりは良くなって、寝息も穏やかだ。

美羽が来たら、点滴さえ終われば、帰してもいいと言っていたけれど

それまでに起きられるのだろうか…?

明日から連休もあるし、安心の為にも、このまま、ここにいてほしいというのが本音だが

…口に出しては言えないんだな。


すっかり陽の落ちた空を窓越しに見上げるが、星はひとつも見えない。

地上の光が多過ぎる。

子供の頃に暮らした故郷の空は一面の瞬く星で、今でも覚えているくらいに綺麗だった。


力さえ無くしたら…

なんて考えはSには通用しないらしい。


Sは力を失うことはないのだとか。


というか、大人になるまで生きているS能力者が今まで1人もいないから……


そうした者がいないというのが、解である。














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