花が散り穏やかな風の吹く季節9

 ふと、気が付けば2時間目の授業が終わる時間だ。

大希とそれを追いかけた河村が、あれから戻って来ていない。

白夜がいつの間にか眠りに落ちていたので、少しそのまま寝かせておく事にしてパソコンに向かっていた。

手から離れた楽譜を拾って机に置く流れで、なんとなく目を通したが、ビックリするほどアップテンポで音の幅も広い譜面だった。


こんなの普通の人間でも演奏するだけで息が上がりそうだ。


鐘が鳴ってすぐ、保健室の扉が開く。

河村と大希が戻って来たのかと思ったら


「びゃくちゃん、遅くなりました!」


いつも通りリボンがいっぱいついた、お姫様みたいな格好の朔だった。


「朔ちゃん、ごめんね、ちょっと静かに。」


たった一言で察してくれるような子で、本当によかった。

手を重ねて頬につけて首を傾げる。

「寝ている?」と尋ねているんだろう。

頷いて「そうだよ」と伝えると、首を縦に振る。

今度は耳を指差し、こそこそ話すような仕草をする。「耳を貸してくれ」ということか?


立ち上がって歩み寄って耳を差し出すと、ふわりと朔から、大人顔負けな、いい香りがする。

高価な香水か…。


ここは校則がないわけではないが…


香水とか、ネイルとか、化粧だって、昔から女子は好きにやっていたし、特に注意もされていなかったっけ。


本質は中学生なのに…


「ヤマさん、びゃくちゃんから楽譜、預かってませんか?」


「預かってはいないけど…コレかな?」


手にしていた楽譜をそのまま差し出すと、丁寧に両手で受け取って、内容をぐるりと見回し目をパチパチ。


「コレですね。だけど、この楽譜だけだと足りないですね…。」


「鞄の中にあるかな?」


「びゃくちゃんが眠っているのに勝手に鞄を見るのは、よくありません。さくちゃんは、コレだけでも十分です。」


それは確かにそうだけど……

いつも手助けで勝手に開けている身としては、ちょっと複雑な心境になる。


「本当にそれだけでいいの?」


「はい、さくちゃんは、コレだけで、とぉっても幸せです!」


「そう?」


満足そうに顔をほころばせたかと思えば、ぺこっと頭を下げて、足音を立てずに早歩きでカーテンの向こうをサッと覗いて、今日も1人終始騒がしい感じで保健室を後にして教室に戻って行った。

入れ替わりに、やっと2人が戻って来た。

もう既に3時間目が始まる時間だ。


大希は、自分の姿を見るなり、なんだか身の置き場がなさそうにしている。


だからこそ


「…大希くん、おかえり。」


そう、声を掛け、あたたかく出迎えた。


河村は優しく微笑んで、入り口で足が止まってしまった大希の背中を押す。


目がほんの少し赤いが、表情は柔らかい。

泣いてスッキリして、加えて河村にちゃんと話せたのだろうか?


未満力なら、この学校を出て別の学校へ進学するという選択肢もある。

だけど、高能力の家系では、それは難しい事なのだろう…。


知っている…


高能力家系に生まれながら、能力の低かった者の悲しい末路を…


でも、そんな事、諸共せず、別の業界で輝いている人の事も同じように知っている。


「ヤマくん!柊くん、大丈夫?」


「あっ…」


カーテンの向こう側で白夜が再び咳をしている。

優先すべきものを見失ってはいけなかった。





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