花が散り穏やかな風の吹く季節8
すっかりここのベッドの住人のようになってしまったな…。
河村は他の生徒なんてほとんど来ないから気にしなくていいとは言うけど…
「白夜くん、ぼく、なんて言ったっけ?忘れてないよね?」
「…無理はしていません。……頑張っただけです。」
口だけはいつも元気があって、これだけは完敗だな。
「……頑張るのもほどほどにだよ。さっ、今日は、もう帰ろうね。」
「もう?まだ、朔に……」
続きを喋ろうとして、また咳き込む。
さっき薬を与えたばかりで、それ以上は、どうする事もできないのがもどかしい。
「喋るのおしまい。朔ちゃんとは、また今度でも会えるからね。すぐに帰る準備をするから、ちゃんと休んでいるんだよ。」
カーテンを出ると、机に向かって座っている河村が真っ先に「大丈夫?」と表情だけで、様子を伺ってくる。
大丈夫なわけはないが…
ここでは引き続き余計な事は言わないを徹底するだけだ。
河村の隣に座っていた大希が、何を思ったのか無言で立ち上がって、そのまま白夜のいるカーテンの向こう側に向かおうとするのを体を張って手を広げて止める。
「大希くん、今はごめんね。」
「……謝らないと…。」
小声でボソボソとしかも早口で呟いた言葉だったが、確かに聞き取れた。
白夜の想いが、しっかり届いてくれたなら嬉しい。
「……ぼくが伝えるのじゃだめかな?」
「……自分で言いたいんですけど…。」
自分が大希の立場だったら、と、考えると、そんな提案してはいけなかった。
「柏くん、今は休ませてあげようね?」
言葉を詰まらせていると、今回も河村に助けられてしまった。
「…うたなんて歌いたくなかった。姉たち《あいつら》と同じステージに立つのも苦痛でしかなかった。みんな…オレの能力の濃さだけを見て、落胆ばかりする。そもそも、うたなんて聞いてない。ちゃんと声が出るように、1つ1つのフレーズに感情がのるように毎日練習して、一生懸命うたったって意味もない。だから…消えたかった。オレは…そっちの方が絶対マシだと思ってた、だけど……だけど……」
「……大希くん…。」
顔を隠すように下を向いて、ぐっと握った拳が震えている。
……泣いている?
背中を撫でようとして、手を伸ばすとバシッと弾かれてしまう。
「大希くん!?」
止める隙もなく、大希はぴゅんと走って廊下へ飛び出てしまった。
河村が慌てて後を追って行く。
自分も追いかけたかったが、白夜の事を1人残して行くのは難しい。
まだ咳が出ている。
カーテンの隙間からチラリと様子を覗くと、起き上がってはいないものの、どこに隠して持っていたのか、しわしわになった、あの楽譜を咳に邪魔されながらも真剣に睨んでいる。
しょうがない、見なかった事にしておこう。
それにしても……大希は
本当にうたうのが好きなんだろうな…
だからこそ、能力ではなく
ちゃんと、うたとして聴いてほしかった
こんな風に、本音を言えたのも、もしかしたら…
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