花が散り穏やかな風の吹く季節6

 それにしても、今日は、いつにも増して

胸の音が悪い…。

元気はあっても、身体は全くついていけてない、ということか…。


「白夜くん、今、苦しくない?」


「全然、いつも通りっ!大丈夫です。」


早くも本日3度目のやれやれだ。


学校を休むという選択肢が、全く無いというのを知っていながら休む事を提案をするのは、残念ながら愚問でしかないか…。

今日の授業も体育祭の練習がメインだろうし…

明日からは連休が始まる。

大希との問題はあるものの…

保健室に留まって今日をやり過ごせば問題ないか…?


 学校までの車の中、なんなら車から降りて校舎への移動中も、白夜はブツブツ何か独り言を言いながらずっと楽譜と睨めっこをしていた。

止めたところで無駄だろうと、ぐっと堪えて目を瞑る事にした。

勿論、少しでも具合悪そうにしたら、意地でも止めるんだけど…。


保健室に到着して、河村と目を合わせて笑顔で挨拶を交わしたものの、再び譜面に落とした目線は不安そうだった。


「河村先生、柏は…?」


「今日は、まだ…登校もしていないみたい。」


ゆっくり来たから、既に1時間目の授業は始まっている。

だから、大希はこのまま休むんだろう…


「……そっか…やっぱり俺が言い過ぎたから…。」


河村は白夜のすぐそばまで歩み寄って、膝をついて、ふわっと手を包む。


「……それは違うわ。きっと、柏くんは言われて気付いた…。」


「気付いた?」


ニコっと笑って河村は立ち上がる。

言いたい事が、自分にはなんとなく伝わった。

……白夜にはどうだろう?

少しでも隙が出来れば楽譜に目線が戻っている。

保健室での自習は、何故か素直に受け入れてくれたけれど、集中できないようで数学のプリントを走るペンは止まってばかり。

今まで学校には通っていなかったが、勉強ができないというわけでもないのに…。

むしろテストを受けさせたら常に上位にいるようなレベルだ。

見て見ぬふりして、自分の仕事に精一杯集中する。

あまり過保護にすると、さらに反抗的になって扱いに困ってしまうばかりだ。

元々半分くらいしかなかった1時間目が、あっという間に終わって休み時間だ。

バタバタと走って来る音がして、いつも通り朔が来たのかと思ったら、勢いよく扉を開けたのは高等部の制服を乱れなくきちんと着た栗毛色のまんまるいショートボブが印象的な小柄な女子だった。


「あら、ひなたさん……おはよう!」


河村が下の名前で呼んでいるということは、親しい仲なのだろうか?

高能力者の家系では、その血筋の象徴である苗字で呼ばれる事を誇りに思っている者が多く、河村はそれを理解して、ほとんどの生徒を昔から苗字で呼んでいるんだ。


「河村先生、おはようございます。お久しぶりです。……ほら、大希!」


ひなたと呼ばれた彼女の背後から、のたのたと怠そうに保健室の中に足を踏み入れたのは、大希だった。


そうか……姉弟か…?


「ああっ!」


ひなたは、白夜の姿を見つけて目の色を変え、ぴょんと飛び付くように近付く。


「貴方が、Sの…柊家の…!?まさか、本物に会えるなんて…!ねっ、触っても…じゃなくて、握手してもいい??」


白夜がどうしたらいい?と尋ねるように、こちらを見上げてくる。

返答に困っていると河村が


「握手してもいいけど、優しくよ?」


助け船を出してくれた。


ひなたのふっくらした手が白夜の細い手を握る。

白夜の手は常に氷のように冷たいのに驚く様子はない。


「ああっ…大希が羨ましいわぁ…。あっ、私は高等部2年舞台芸術科、柏 ひなた、能力はA。よろしくね!」


「……よろしく…お願いします?」


そんな2人を尻目に大希は、ベットの方へずんずん進み、カーテンをシャーっと閉め切ってしまった。


































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