花が散り穏やかな風の吹く季節5
自室に戻って、再び眠りに落ちていく白夜を見届け、お手伝いさんに「何かあったら、時間帯を気にせず、すぐに連絡を下さい。」と伝えて、この日は、柊の家を後にした。
帰ってからも、白夜の事が、気になって気になって、何度も何度も、誰からの着信もないスマートフォンに目をやって、その度に溜息を吐いていた。
翌朝、目覚まし時計の力でいつもより早く目を覚まして、早めに、仕事に出掛ける。
快晴の眩いばかりの日差しと、清々しい空気を目一杯、噛み締める。
柊の家に着くと、お手伝いさんを3人も引き連れた美羽が玄関で出迎えてくれた。
「おはよう、ヤマさん。」
笑顔がさっきの日差しより眩しい。
いつ見ても本当に綺麗な人だ…。
「おはようございます、美羽さん。……白夜くん、調子はどうですか?」
「……見た目は全然元気よ。それより、ヤマさん!」
急に手を掴まれて
「な、な、なんですか!?」
驚きと緊張で心臓が飛び出そうだ。
「…すごく素敵な歌声だったわ…。そうだ!今度、私とステージに立たない?」
どうやら昨日のアレを美羽に聞かれてしまっていたようだ…。
最小限の声量で細心の注意を払ったのに…
「えっ、ええ!?」
舞台は、すっかり降りた身だし、そんな事を急に言われても……??
だいたい美羽の隣で、うたうなんて、想像しただけで顔が真っ赤になりそうだ。
「冗談よ!冗談!もう、真面目なんだから。」
そうだとは思っていたが、本気で焦ったじゃないか…
「あはは…」
楽しそうに笑う美羽に、やれやれと微笑を返すのが精一杯だった。
そのまま長い廊下を進む。
美羽がいつも通り一言声をかけてから、白夜の部屋の扉を開けると同時に、ふわりとピアノの旋律が耳に入る。
こんな朝早くから……
「白夜くん、おはよう。」
声をかけても集中しているのか返事がない。
見かねた美羽が、すぐ横に立って大きな声を出す。
「白夜!ヤマさんがおはようしてるでしょう!!?」
やっと鍵盤から指が離れた…
すんなり聞き入れると思ったら意外な事に
「なんだよ!朝から、うるさいなぁ!今、いい感じに旋律が浮かんで、それを具体的に組み上げて試していたところだったんだぞ!?」
めちゃくちゃ反抗的な態度を取る。
「そんなの後でもいいでしょう!挨拶をされたらすぐに返すの!白夜だって無視されたら嫌でしょう?」
ごく普通の親子…
というか、やっぱり、何度見ても姉弟にしか見えないが…
こんな風に喧嘩ができる仲というのが、羨ましく思えた。
兄弟…欲しかったからなぁ…。
「いや、別に!そっちの方が後でも…いい…」
言い合っているうちに咳が出て咽せてしまう。ここでも、やれやれな感じだが、これだけ朝から元気なら、そんなに心配はいらないか…?
いや、いや、早く咳を止めないと、呼吸困難になりかねない。これは、まずい、まずい。
「美羽さん、吸入器、貸して下さい!」
「もう、自分のせいで、こうなっているのに、本当に馬鹿な子ね!」
薬で咳が落ち着いてくれた所で、美羽を追い出して診察をする。
「……ヤマさん、あの…おはようございます…。」
一応、美羽に言われた事は理解して反省しているようだ。
「うん……おはよう。」
挨拶はコミニュケーションの基本だからね。
「……昨日は…その…ありがとうございます…。ヤマさんのうた、すごく良かった。」
「うんん。……あんな事しか、できなくて、むしろごめんね。」
「あの、俺…柏の助けになりたい…。柏を…救わなくちゃいけない…!」
「……わかったけど…無理をするのと頑張るのは違うからね。」
「…無理してないし。」
ボソっと小声で言った一言、しっかり聞こえているけど、聞こえなかった事にしてあげよう…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます