はじまりの季節12

教室に向かいながら2人のお喋りは続く。


こんなに喋っていて疲れないかと、少し心配な所もあったが、あまり口煩くして、今後言う事を聞かなくなっても…困る。

何しろ、まだ子供なんだから。

それに、なによりも楽しそうな2人に一言でも口を挟む隙間は見当たらなかった。


普通教室を通り過ぎて、職員室の前を通って長い渡り廊下を行った先にある特進クラス。


普通なら中学3年生といえば受験なんだろうけれど、この特進クラスの子たちは、そのまま高等部へと進級することになっている。


要はこちらのクラスの人間は全て

『うたの能力者』ということだ。


教室まで見送って白夜と

「少しでも何かあったらすぐ先生に言って保健室に連れて来てもらうんだよ?」

と約束を交わして、朔にも念を押して

「白夜くんになにか異変があったら、本人が言い出さなくても、すぐ先生に知らせてね?」

とお願いをする。

きっと常に1番近くにいるのだし、1番頼りになると信じた。

朔も

「わかりました!このさくちゃんに任せて下さいな。」

と、お手本のような良い返事をくれた。


白夜が授業を受けている間は、特進クラス側の保健室で待機させてもらうことになっている。

保健室が普通教室と別にあるのは、勿論この極秘の能力の為だ。


特進クラスでは、詳しい人間が必要になる。


保健室の扉を開けると、こちらにすぐに気付いて笑顔で視線を送ってくる眼鏡の初老の女性がいる。


「いらっしゃい、ヤマくん。」


ゆったりと歩み寄って差し出された小さな手を握る。


「あれから30年ほど経っても、まだまだ現役でいらしたのは、本当にビックリしましたよ、河村かわむら先生。」


電話で必要な事を事務的に話しをしたけれど、こうやって実際に会うのは実に何十年ぶりで


「……いやいや私よりも偉くなって戻って来たヤマくんの方がビックリだけどねぇ?」


とても懐かしい。

迷惑をかけて世話をしてもらっていた立場だったのに、今は同等な場所にいる。

……不思議な感覚だ。


「……あはは…全然偉くはないですよ。…場所をお借りして申し訳ない。それと、ありがとうございます。」


前日に送り込んだ荷物が、箱から開封されて今すぐ使えるように並んでいるのを目視して、気遣いに感謝する。


「いいえ、必要な物なんですから、気にしないで。学校側もしっかり理解しています。」


「今日は始業式だけ出席だと約束したんですが…本人はいずれ授業をフルで受ける気、満々なのでね。もしもそうなったらもう少し場所を、お借りするかと…?」


「わかったわ。」


「他の生徒に支障がないようにはします。」


「…全然、気を使わなくていいのよ?」


「いえいえ、そういうわけには…」


そのままついつい昔話しに花を咲かせていると、ゆっくりと扉が開いて、小柄な男子生徒が下を向いたまま黙って中へ入ってくる。


「あら、かしわくん、おはよう、いらっしゃい。」


「………。」


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