はじまりの季節13
一言も質問には答えることをせず無言のまま、周りをひとつも見ないで奥まで進んで、ベッドの横にあるパイプ椅子に黙って座る。
ヤマが心配になって声をかけようとすると、直ぐに河村に肩を叩かれ止められてしまう。
「……今日もゆっくりしていいからね。」
あえて、深く歩み寄らず
そうしているのか…
意図が読めた。
なにせ普通にしていても思春期だ。
加えて、極めて特殊なうたの能力のこともあれば、悩み事の
ひとつやふたつ…
一瞬顔を上げた彼とピタリと目が合った。
初めて見る顔に驚いたような顔をして、すぐにベッドの周りを囲うようにあるカーテンを、ピシッと閉めてしまった。
「……ヤマくん嫌われちゃったみたいね?」
「えっ、あ……そ、そ、そうですね。」
あははは、と笑いながら、少しだけ彼の方に歩み寄る。消してカーテンをこちらから無理矢理開けたりはせず声だけ優しくかける。
「……今日から…柊白夜くんの付き添いで、授業中は
予想通り返事はない。
まあ、いいか…
河村の大きなディスクの横に簡易に用意されていた自分用の小さな机に持参したノートパソコンを広げる。
待機中は機器の調整やカルテを見直したり…
あとは心配になったらバレないように様子を覗きに行く…
それくらいで、特にやる事が決まっているわけでもない。
だから、ここを手伝いながら、知識を深めようと思っていた。
勿論、緊急事態には常に備えながら。
隣のディスクに向かった河村が、すぐに目で合図してヤマにパソコンの画面を見るように促す。
画面には生徒の名簿…
今ここにいる、少年。
「柏
事細かにデータが載せられている。
能力は未満力
白夜と同じ特進Aクラスの3年生。
柏本家の長男で、上に姉が2人いて…
姉たちはA能力者なのか…
ヤマは頷いて理解した事を河村に伝える。
河村は微笑みを返し、パソコンの画面を閉じて再び立ち上がる。
「……ねぇ、柏くん……」
なにか小さな声で話して、自然な流れで大希が閉じこもったカーテンの中へ河村は入って行く。
まさにベテランの技といっても過言ではない。河村の立場だったとしても、絶対に真似はできないだろうな。
ぼんやりカーテンの先を見つめていると、急に河村がサーッとカーテンを全部開けてニコニコそこから出て来る。
肝心の大希は、なにか分厚い本を広げて、それに集中しているようだ。
自分が気にする事ではないと、わかっていても、つい気にしてしまう。
そのまま特に会話もないまま、黙々とパソコンに向かっていると、あっという間に1時間目の授業…すなわち始業式が終わった事を知らせる鐘が鳴る。
この鐘の音もとても懐かしくて、聞いただけで楽しかった日々を今でも鮮明に思い出せる。
あの頃は、授業も、舞台の上も、全部が全部満ち足りた日々だった。
おっと…
思い出に浸っている場合ではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます