はじまりの季節10
白夜が朝食を食べている間、こちらでどうぞ、と、案内された部屋は、あまりにも広い客間で、どうやっても落ち着かない。
とにかく、なんとか落ち着こうと、壁際の部屋の隅っこに椅子を持って行き、自分を小さくして学校に確認の電話をしたり、万が一の薬を分かりやすくまとめたり、念には念を入れて準備を整えることに専念してみる。
時々隣のリビングから聞こえて来る、家族団欒の笑い声が気分を上げてくれる。
それだけで不思議と幸せな気持ちになれる。
こんな声を聞くのは久しぶりで
遺伝家系の代々連なる能力者の家は、厳しく冷たいものだとばかり思っていたから。
少なくとも今は亡き親友の家はそうだったな…。
あの日、最初で最後に見た泣き顔を、瞼の裏に鮮明に覚えている。
自分は遺伝家系ではなく、最も多い突然現れる自然発生という部類のうたの能力者だったから、詳しい事情を多くは知らないけれど。
出発の時間になり、お手伝いさんに呼ばれると玄関で美羽に「じゃあ、お願いね。本当にありがとう…」と、真新しい白夜の鞄を渡される。
教科書類は今日は一切不要なはずなのに、何故かなかなかの重さがあってずっしりしている。
薬や必要な医療機器はこちらで、準備しているから白夜の鞄には筆記用具くらいだけ…で、いいはずなのだが?
ここで中を見るわけにもいかないので黙って受け取るだけにする。
白夜はお手伝いさんに鏡を持ってもらって、入念に帽子の位置を調整している。
今時の子らしく、オシャレや身嗜みにも、しっかりこだわりあるんだなぁ…くらいに思っていた。
「白夜くん、じゃあ、行こうか?」
「はい!……じゃあ…美羽さん行ってきます。」
「いってらっしゃい、白夜…楽しんで来て。」
お手伝いさんたちからも沢山の「いってらっしゃい」をもらい車椅子をゆっくり押して玄関を出る。
今まで一緒にいた中でも1番の笑みを浮かべる白夜が、とても嬉しかったが、気は絶対抜けなかった。
なにしろ、病状が1つでもよくなったわけではないのだから。
むしろ……
送り迎えの車は、柊の家で専門の担当者がいるから、それはそれで驚いた。
車に揺られながら重い鞄の事を思い切って
「ねぇ、白夜くん。鞄に何を入れて来たの?」
聞いてみる。
「……朔に渡す楽譜です。ずっと会えなかったから、たくさん溜まってて…。朔も楽しみにしていると思うし…。喜んでくれるといいけど…」
隠す事なく案外すんなりと教えてくれた。
学校に持って行ってはダメな物とかではなくてホッとした。
「そっか…。」
「いつか、この…俺たちのオリジナルの曲たちで、2人でステージに立ちたい…。こんな俺がおかしいかもしれないけど……夢、なんです。」
曇りのない瞳で笑みをこぼして真っ直ぐ見つめる。
「す、ステージ!?」
偽りはない、その想いは
「はい!」
確かにそこにある。
明日を絶対に諦めない力
もしかしたら
それは……
運命を?
そんなこと……
「あっ!安心して下さい…。俺はうたいませんから…うたっちゃいけない…死んだら価値がなくなるんだ…生きてないといけない、どんな風でも。」
うたをうたうことが、確実に命を落とす事だとしっかり、本人は理解している。
存命してそこにいる
類稀なSという能力の価値の為だけに生きて…
いや、生かされている
残酷な現実こそが生きている意味なんて。
絶対にそんなことは……
そうじゃなくなってほしい
自分の為に生きてほしい。
人間誰しも、本来は、そうやって生きなければいけないんだ。
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