はじまりの季節9


 翌朝は、今にも空が泣きだしそうな怪しい天気で不安が募る。

日頃の行いは別に悪くなかったはずなのに、皮肉なものだ。

出来れば、帰宅までは曇りのまま持ってほしいが、天気ばかりは、さすがにどうすることもできない。


約束通り学校に行く前の時間に柊の家を訪ねる。


真っ直ぐに白夜の部屋に通される。

もはや、ここにヤマが来るのは日常で、当たり前になっている。

お手伝いさんや警備の人たちの間でも、既に自分の事が知れ渡っているので警戒もされなくなった。


白夜は既に起きて、お手伝いさんに手を借りて上から下までしっかり着替えを済ませていた。

白夜にとって初めて袖を通す中等部の制服。

ヤマにとっては懐かしさもある。

今も変わらないんだな。

約束通りベッドの上で静かに横になっているのは褒めてもいいくらいだ。


「おはよう、白夜くん。」


挨拶をすると


「おはようございます!」


笑顔で挨拶を返してくれる。

この日をどんなに待ち侘びていたのだろうか…

自分の事のように嬉しくなる。

だけど油断は決して出来ない。


「早起きだね?…ちゃんと寝れた?」


「……実はあんまり。」


「……やっぱり…?」


手際良く診察を済ませていく。

お喋りを交え問診しながら体温と血圧を計ることからはじめて、次に聴診器で胸の音を聴く。

ここで手を止めたくなるのはいつものことだが、堪えて次に移る。

酸素療法の機械のチェックをして血中の酸素濃度を確かめ、薬をしっかり飲んでいるかの確認までをする。

後は、気になる事があれば、その都度といったところだ。


終わった所で白夜の目線まで腰を下ろす。


「……白夜くん、今日は、始業式だけ出席ね。」


「…授業は5時間なのに?」


「いきなり5時間なんて絶対に無理だから。それに…明日も明後日も学校行きたいよね?」


白夜は小さく頷く。


「だったら、今日はそれで我慢しよう?」


もう1回小さく頷いて、白夜は目を瞑る。


「……夢みたいだな…」


「……そうだね。学校に居る間は、ずっとは一緒に居られないけど、何かちょっとでも、苦しかったり、異変があったら、すぐに先生に言うんだよ?保健室で待っているからね。」


「はい。」


白夜のあまりにも良い返事についつい笑いだしてしまうと白夜も微笑む。

そんな2人の元へコンコンとノックの音と同時に美羽がお手伝いさんを連れて部屋に、ズンズン入って来る。


挨拶を交わしなにか楽しそうな2人に、不安だった気持ちを安堵させる。


「さあ、白夜、今日は、朝ご飯沢山食べなきゃよ。あ、ヤマさんも一緒にどうぞ?……私が作った物じゃないけど…」


「いえいえ、美羽さん。ぼくは最終的な確認があるので。お気持ちだけで結構です。」


「そう?でも、いつかは一緒に食べましょう?その方が楽しいもの…。」


「……あ、あ…はい、じゃあ、いつかは。」


どこか寂しそうな顔をする美羽に、断ったことを後悔して焦ってしまう。

いいや、今は仕事中なんだし、断って当然だと、自分自身に言い聞かせた。

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