はじまりの季節8
「…今日こそは少しでも話しを聞いてから、帰らないか?」
浜野が呆れたように美羽に声を掛ける。
「いつも、同じ話しでしょう?聞き飽きたわ。……そうだ、ヤマさんにでも話しておいて。明日から学校に行くから体力が必要だし、早く帰って寝なくちゃいけないもの。」
ヤマは首を横に振りながらも、白夜を起こそうとする美羽に、無意識のうちに手を貸している。
「いやいや、美羽さん…やっぱり、今の白夜くんの状態は知っておいた方が…」
「知ってるわよ。何も変わらない、答えは同じ。私たちに元から
美羽の必死な言葉と、どこか哀しげな表情に、それ以上は強く言えずただ言葉を呑み込んだ。
白夜はヤマの事を真っ直ぐに見つめて
「……自分自身で、ちゃんと、わかっているから…大丈夫です。だからこそ、短いなりに好きに生きたい……ただ、それだけです…だから、明日から…お願いします。」
真剣な眼差しでそう告げて、軽く頭を下げる。
言葉が出てこない。
人を救う為の能力に
自身に何の利益もなく
蝕まれ続ける子供たちを助けてあげたい。
それが、自分の原動力だったはずなのに。
いざとなったら、結局なにもできない。
実に非力だ。
弱いところをひとつも表に見せず、笑顔で手を振って帰って行く白夜に、結局気の利いた言葉を、ひとつでもかけてあげることはできなかった。
きっと心の中は辛いに決まっている。
浜野とヤマだけですっかり静かになった診察室。
溜息を吐くヤマの肩を浜野がぽんぽんと叩く。
「……
「最期まで力になってあげる、それだけだ。」
「最期だなんて……」
更新された電子カルテに目をやる。
そこには残酷な現実があるだけ。
治療方法など、もうどこにもない。
あくまでも『延命』が目的。
後悔のないように……
後悔だらけの自分が、いつも、そう決めて行動している。
しかし、それが、簡単というわけでもない。
何事も無かったように、普段通りの寂しい帰宅をして、いつものように勝手に時はどんどん流れる。
残酷だ…
このなんでもない1秒1秒がどんなに貴重で大切なものか…自分は今まで気が付かないまま生きていた。
あの時も……
知らなかった。
知っていたら?
もっと家族を大切にできていたのだろうか?
赤ちゃんだったのに、いつの間にか幼児になって、小学生に…
あっという間、なんかじゃなかったんだ。
……たくさん、苦労をかけたな…
今頃、気付いたって遅過ぎる。
だからこそ、遅くならないように……
うたで人々を護っていたあの日のように
今度は、沢山の努力と後悔で手に入れた知識と技術で『大切なもの』を、護らないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます