はじまりの季節5
自力で起き上がろうとする白夜に、すぐに手を貸そうとするが、白夜は素直に助けを受け取ってはくれない。
そういう年頃ってやつか……?
ピアノの鍵盤にひとたび指が触れると、そこから溢れ出すように、ふんわりと優しく、だけど、どこかに強さを兼ね備えた心地良い音色が生まれる。
元々の白夜の不思議な、オーラと合わさって、その場はとても幸せな空気に包まれる。
その旋律は心に響いて染み渡る。
プロにも負けないレベルの完璧な譜面だ。
1曲聞き届けた所で、
「また、明日も来るね。」
と、告げて、まとめた荷物を手に部屋を後にした。
美羽の言う通り、カルテに記載されている状態よりは、確かに元気そうではあるが…
帰り際、家政婦さん伝いに美羽に呼ばれて、リビングへ通される。
軽く30畳以上は絶対にある広々としたリビングを、星夜がお昼寝を忘れて車のおもちゃを手にパタパタと走り回っている。そんな騒がしさをものともしない感じで、ソファーにゆったり腰掛けてテーブルの上にファッション系の雑誌を広げている美羽、それだけで高価な絵になりそうだ。
ここだけの空間で、自分が暮らしている場所より広いのが笑えてしまう。
「ヤマさん、お疲れ様。ちょっとだけ、こっちに来て、座ってくれる?」
「あの、すみません、ぼくはそろそろ…」
「少しだけだから…」
うまく断りきれず、美羽の向かい側のツヤツヤの黒い革のソファーに仕方なく腰掛ける。
雑誌を片付けると、ほぼ同時に隣のキッチンから、淹れたての紅茶と、それに合わせたバターのいい香りのするクッキーを家政婦さんが運んできてきてくれた。
一緒にお盆にのっているオレンジジュースは、星夜用か、やっぱり小さい子はその場に居るだけで可愛いものだな…。
「本当にごめんなさい、無理難題を押し付けてしまって。」
「いえ……謝らないで下さい。ですが、やっぱり白夜くんの状態を考えると…」
「わかってるわ、私も…もちろん白夜、本人も。だから、最期の我儘だと思って無理にでも叶えてほしいの。」
「……無理にでも…ですか?」
「ええ…。ヤマさんが、このことで責任を取る必要は一切ない。だから、大丈夫。」
「……いや、そういう問題では…」
「それに、あの子の力で、もしかしたら他の能力を持つ子を癒してあげられるかもしれない。それって、とてもいい事じゃない?…本人が望んで手に入れた力じゃないけれど、せっかくの力だもの…どうせなら馬鹿で自分の事しか考えられないような、自称えらーい人たちにだけじゃなくて、みんなに平等に使った方がいいと思うの。」
「………。」
「うまく利用され続けている人が言うと説得力あるでしょう?」
ヤマは下を向いたまま、何も答えられなくなる。
高い能力者の力を、私利私欲のように利用している人々の事を、少しばかりとはいえ、知っているから尚更だ。
自分は利用されるほどの能力者ではなかったのだけれど…。
亡き親友は…
「最期に本人の望むまま楽しかったら、別にそれでいいじゃない?」
「……では、始業式までまだ日にちがあります。少し様子を見て、このまま元気なら… 」
「ありがとう、ヤマさん!それじゃあ白夜にそう伝えて、しばらくは無理をさせないわ!」
「いやいや、しばらくは、じゃなくて…いつも無理はさせないで下さいよ。」
呆れ過ぎて溜息さえ出ない。
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