はじまりの季節4
とりあえず腰を下ろしてしっかり目線を合わせる。これは誰にでも必ずそうすると、決めている自分のルールだ。
顔を背けられるかもしれない、と、不安だったけれど、しっかり真っ直ぐに目を合わせてくれた。
「初めまして、白夜くん。君の専属看護師を任された、山です。大丈夫かな?」
専属看護師という言葉に食い付くように白夜は目の色を変え
「…あ、あの、俺、学校に行きたいんです!行かせて下さい!」
必死な様子でヤマに訴える。
初対面なのに、この食いつきようは、尋常じゃない。
それほどまでに自分は…
でも、すぐに首を横に振るしかできない。
「いや…それは……まだ、返事出来ないかな?…ひとまずベッドに戻ろうか?美羽さんの言う通り風邪を引いたら大変だからね。」
少し残念そうな表情を浮かべるものの、白夜は黙って言われた通りヤマに身を委ねる。
そうする事しかできないんだろう。
ヤマにはわかっていた。
白夜を抱き上げると思っていた以上に、ほとんど骨と言ってもおかしくないほど、か細くて軽い。
驚きを隠せない。
強すぎるうたの力が体を蝕むとは、こういうことなのか?
前に何度かA能力を持った子を病院で診察した事はあるが、ここまで酷くはなかった。
ベッドに横になったところで、白夜は見慣れた天井を見上げふぅーっと長い息を吐く。
「さて、診察してもいいかな?」
白夜が頷くのを確認してから、鞄から聴診器を取り出して診察を始める。
さっき思ったよりもっと酷い、ほとんど骨と皮のような身体に、一瞬、ゾクッとしてしまうが絶対にその感情を表に出したりはしてはいけない。
「ねぇ、白夜くん、どうして、無茶をして窓際まで行ってたの?ベッドの上でも出来るよね?あそこまで行くのだって、とっても大変なの、わかっているよね?1人じゃ、ベッドに戻れなくなっちゃうし?」
ベッドの上に備え付けられたテーブルの上は、ごちゃごちゃと所狭しと色々な物で溢れていて、もちろん筆記用具もしっかり揃ってあるから疑問ばかりが浮かんでいた。
「……外が……本物の空が見たかったんです。その方がインスピレーションが刺激されて、いい曲が書けるんです…。本物の作曲家の足元に及ばないけど、でもやっぱり、1曲1曲、自分なりの最高の出来を目指したいから」
「曲を…?」
そうか、さっき書いていたのは……
Sは、うたの能力を持ちながら、まるで呪いのようにうたうことが出来ないはずなのに、それでも彼は音楽から離れようとしていない事に驚愕する。
「……外に出してもらえるのが、あっちの都合だけだから悔しくて。もっと自由に外に行きたい。そしたら、朔の為にもっとクオリティの高いモノを生み出せるかもしれない…。俺には、そんな事しかできないから…できる事をしたいんだ!」
「それで、学校に行くのが口実なわけ、か…」
「そういうわけじゃない。学校には学校でしか出来ない事がいっぱいある!理科の実験とか、家庭科で料理を作ったり、音楽でピアノ以外の楽器にも触ってみたいし、体育でバスケしたり、サッカーも野球も…それから、朔以外の友達も出来たら楽しいだろうなって。」
キラキラ目を輝かせて夢を語る白夜の姿に、何も知らずに学校に行く事をただ止めようとしていた自分に自然と罪悪感が湧いてくる。
可能性………?
いや、いくらなんでも現実的に無理だろう、
診察を一通り終えて、タブレットの中の電子カルテに残酷なほど悲しい現実を入力していく。
「……あの、ピアノを弾いてもいいですか?」
「えっ……あ…」
「……今、全然具合悪くないから…」
「そうだね。だけど、無理は絶対にダメだよ?」
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