はじまりの季節3

 美羽の後ろを黙って従い、家の奥へ奥へと案内される。

見渡す限り家の中というより、どこか一流のホテルのようだ。

至る所に飾られた陶器の置物も、艶々に磨かれた棚だってどれも高級品に違いない。

もっとも一流のホテルなんかには、今までの人生で1度も行った事はないのだけれど。

あくまでも、そんなイメージ。


「あの…柊さん…」


後ろ姿になんとか声をかけられた。


能力を失っているとはいえ、美羽は、元々A能力者。故に今でも人を惹きつけるなにかがある、そんな感じがした。

ただ美人なだけじゃなくて、言い表せないような、なにか……なにかが…備わっている。

ここは語彙力がほしいところだ。


「美羽でいいわよ。この苗字大嫌いなの。」


「……では…美羽さん…どうして、白夜くんを学校に?今まで通り家庭教師とオンラインでの学習で十分なのでは?身体の為にもそうするのが良いってわかりますよね…。」


「本人の意思だもの。私は…それを叶えてあげたいだけ。……ごめんなさい、とても迷惑だったでしょう?」


「あ、いえいえ……ですが、状態によっては、ぼくは全力で止めます。」


美羽はピタッと足を止め、くるりと振り返ってニコッと笑うと


「……すぐに、絶対に大丈夫!って言いたくなるわよ?」


自身満々でそう言い放つ。

自分も足を止めるが、困ったように苦笑いを返すしかなかった。


美羽は目の前の大きな両開きの扉を、コンコンとノックして


「……白夜、入るわよ?」


向こう側に、そう伝えてから扉を開ける。


広い部屋のほぼ真ん中に置かれた大きなグランドピアノが1番先に目に入る。

横にある大きなベッドには誰もいない。

すぐそばの床には丸まった水色の毛布が落ちている。


美羽は溜息を吐いてズンズン中へ踏み込んで行く、キョロキョロと周りを見ながらそれに続く。


「もう!何度言ったらわかるの?白夜!!ダメでしょう!冷たい床に座って風邪でも引いたらどうするの?」


部屋の端っこの大きな窓際で、床にぺたっと座り込んで、なにやら真剣に書き進めている、真っ白い髪の少年が、そこにいた。


そう、彼こそがS能力者…柊 白夜。


ヤマは急に何かあたたかい風にでも包まれたような不思議な…どこか優しい感覚になる。


これが?


振り向いて睨むように美羽を、見上げる丸い橙色の瞳。

鼻には酸素療法のカニューラを装着している。

だからといって、体調が悪そうな雰囲気も今はなく、顔色もそんなに悪くはない。

しかし、カルテが大袈裟なだけ、なんてことはないだろうけど…

ヤマは声を掛けようとしたが


「お兄ちゃま!」


言葉を探しているうちに先を越されてしまう。

あんなに眠そうにして美羽の胸の中にうずくまってばかりいた星夜が、白夜の姿を見付けるなり、目をぱっちり開いて腕の中からピョンと地面に跳ねて、てちてち小走りしてそのままの勢いで白夜に飛び付く。


「あ!こらっ、星夜!ダメっ!」


白夜は細い腕で星夜を抱き止める。


「……っ、勢いありすぎだぞ?星夜…」


星夜には微笑んで見せるが、苦しそうな一瞬の顔を美羽とヤマは見逃さなかった。


「星夜、こっちに来なさい!」


パタパタ走り出す星夜をすぐに、ひょいっと慣れた感じで捕まえて、美羽は

「……ごめんなさい、ヤマさん、あとはよろしくね。」と、早口で言い残してバタバタと部屋を出て行った。


突然2人だけになってしまった。


急に静まり返って言葉を忘れそうになる。










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