はじまりの季節2
あまり気乗りのしない返事をして、浜野から受け取った沢山の書類を両手に抱え、医院長室を一礼して出る。
確かに、自分は医師免許も得ている。
だけど、普段は…いや、表向きには内科看護師を名乗っているし、職務は看護師がメインだ。
この2つの資格を得る為、蔑ろにしてしまった家族に見放されて、独り身に戻ったのだけど…
まあ、それは、どうでもいいとして…
他に自分よりも長けている者は沢山いるだろうに。
Sという特別な能力を持つ子の、専属の看護師だなんて、そんな大層なことを、なぜ自分に?
40数年生きていて、こんな大役は舞台でも与えられた事がない。
そもそも、この病院に、元うたの能力者という経歴があるのが自分以外にどれだけいるのか?
浜野の周りには沢山いるのだろうけれど…
それは全く知らされていない。
やっぱり力の事は表向きには知られてはいけない事だから、浜野が信用する一部者にしか言わず、自分はそれに該当しないのだろう。
能力による身体へのダメージは先天性の呼吸器並びに心臓の疾患ということにされているし。
いつものように病院内の従者用の休憩室で1人、スマートフォンの小さな画面でニュースを眺めながら、コンビニで中身もよく見ず適当に買った弁当で、さっさと昼食を済ませヤマは渋々ながら訪問診療に行く準備を整えて、社用車に乗り込み病院を出発した。
カーナビに入れた住所は、とても有名なセレブや芸能人がこぞって家を建てる所謂、高級住宅街だ。
車窓から見えるのは、どれも大きな庭やプールのある邸宅ばかり。
家族に家を追い出されてから、アパート暮らしをしているから、ここは、まるで別世界のようだった。
大きな鉄製のいかにも厳格で威厳のある門に「柊」の大理石で出来た表札のある家の前で車を止める。
目的地だ。
想像よりも遥かに大きな家で思わず息を呑む。
家族は3人と聞いたのに3階建ての大きな屋敷。
そうか、家政婦さんを住み込みで雇っているのか。
多くの優秀なA能力者を世に出している名家で、彼方側にいた頃は、能力者たちから、もはや崇拝されるような…そんな印象さえあった。
表向きには芸能界でうたや芸術を…
そして裏では警視庁に所属し、うたの能力による特務防衛をしている。
車を停車させて降りようとした所で、自動的に門が開く。
訪問診療を事前に連絡済みだから、招かれているのだろうか?
恐る恐る車を進めると、しっかり隅々まで手入れの行き届いた庭の途中でこちらに頭を下げる家政婦さんの姿が見え、彼女に案内されるままに車を屋敷の隅に駐車する。
そのまま簡単に挨拶を交わすと、彼女が丁寧に付き添って玄関まで案内してくれた。
高い天井と段差のないエントランス。
家の中とは思えない開放的な空間が広がる。
奥から3歳くらいの小さな男の子を抱き抱えた、腰まである長い黒髪のまるで絵画のような美しく綺麗な20代前半の美女がゆったりとこちらへ向かってくる。
「……あ、あの!」
声を掛けようとしても、うまく言葉が出ず、ついつい見惚れてしまう。
「訪問診療の…ヤマさんよね?柊本家、当主で、一応…
母親というより姉といった方がしっくりくる。
いや、どう考えても普通なら姉だろう。
「……あ、どうも、こちらこそ、よろしくお願いします。」
目が合いそうになって慌てて眠そうにしている男の子に視線を移す。
それに気付いて美羽は
「……この子は
そう言って微笑む。
「あ…。」
言葉を詰まらせていると
「それじゃあ早速、白夜の所に行きましょうか?」
美羽はそう言って歩き出す。
置いて行かれると、家の中でも迷いそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます