勇者の灯火
アルス・セスタリック。
思わぬ名前が出てきて、俺は耳を疑った。
確かに王子は自分から勇者セルスの子孫であると日頃から吹聴していたが、とても信じられない。
アルス王子は剣術も魔法もろくに使えないことで有名だ。
とても魔王と戦えるとは思えない。
「やはりそんな反応なんじゃのう」
そんな俺の様子に妙に納得したように、グリじぃはため息をつく。
「わしの記録にもこの時代の勇者アルスは戦闘能力がかなり低く、性格にも難あり。常に女の尻を追い回していたと残っておる」
「うわぁ……」
あの王子、未来にそんな感じで言い伝えられているのか。
それも間違っていないのが悲惨である。
全て日頃の行いのせいとはいえ、少し同情してしまう。
「しかし勇者であることに変わりはない。それほど勇者とは特別な存在なのじゃ」
グリじぃの言葉に反応するように銀髪の少女が懐から何かを取り出す。
透明な小瓶。
中には黄色の液体が入っている。
「万が一、魔王の復活を阻止できなかった場合、こちらを勇者様にお渡しすることになっています。勇者様のお力を飛躍的に高めることができる霊薬です」
「その名も『勇者の灯火』。全ては魔王を倒すため。未来の人類が全てをかけて創り出したものじゃ」
勇者の灯火。
目の前にある小さな小瓶があの王子を救世の英雄へ変えてしまうのか。
正直に言うとなんともやりきれない。
これまで俺は魔法が使えないハンデを払拭するために死にものぐるいで剣の腕を磨いてきた。
しかしそれでも魔法が使える同僚の騎士には勝てない。
しまいにはワーウルフにも苦戦する始末である。
「勇者、か」
一方の王子は目の前の薬を飲むだけで魔王に対抗できるようになる。
なんて不平等なのだろうか。
だが仕方がない。
俺と王子ではそもそもの素質が違うのだ。
認めたくはないが納得するしかない。
納得するしか。
「その薬を渡したらソラさん達はどうするんですか?」
「その時の状況によるとは思いますが、魔王が逃走した場合、それを追ってアルス王子と旅に出ることになるかと思います」
「旅ですか」
あの王子ができるだろうか。
大義名分のため、自分が苦労する道を選ぶとは思えないが。
「まぁ、王子の評判から察するに素直に旅には出ないじゃろうな。だからこそワシらがここへ来たのじゃ」
「それはどういう?」
「……女好きの王子がソラのことを無視できると思うか?」
「なっ!」
つまり彼女を餌に王子のやる気を引き出そうということか。
それはあまりに危険ではないか。
肉食獣の目の前に兎を解き放つようなものである。
「それって……!」
「ヴォルク様、良いのです」
「ソラさん……」
「それが私がここに来た理由ですから」
「……」
覚悟を決めた目。
俺は何も言うことができなかった。
「私たちの話、信じてもらえますか?」
ソラが不安げな表情でこちらへ問いかけてくる。
正直なところ、まだ信じることはできない。
しかし、彼女たちが悪人に見えないことも確かであり、実際に俺も命を救われている。
ならば、一旦は矛を収めるべきかもしれない。
「……ええ、もちろんです」
「良かった」
ほっとしたようにはにかむ少女。
その表情は年相応な幼さも垣間見えた。
なぜ彼女がここまでしないといけないのか。
言葉にならないやりきれなさが気持ち悪い。
「ソラ、そろそろ先を急ぐとしよう。まだ魔王復活の前兆が確認できんとなると、アルス王子とコンタクトを取っておいた方が良いかもしれん」
グリじぃの言葉にソラは頷く。
「ヴォルクさん、私たちはここで失礼いたします。勝手に入ってしまい、申し訳ありませんでした」
「……」
「どうかご無事で」
先を急ぐように、ソラは俺に背を向ける。
本当はついていきたい。
俺も魔王と戦わせてほしいと懇願したい。
しかし、それは俺のわがままだ。
ワーウルフさえ一人で倒せない騎士など彼女の足を引っ張ってしまう。
彼女と俺では住む世界が違うのだ。
そう自分へ必死に言い聞かせ、立ち去ろうとする彼女たちを見送ろうとした時であった。
「なっ、何だっ!?」
「グリじぃっ!」
「どうやら動き出したようじゃな……!」
突然揺れ出す地面。
震源は下ではない。上だ。
この地下水路の上にあるもの。
それを思い浮かべ、俺は目を見開いた。
「アリアっ!」
俺は血相を変え、城へつながる道へ向かって駆け出した。
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ここまでご覧いただきまして、
ありがとうございました。
ヴォルクは無事にアリアと再開できるのか?
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それでは次回をお楽しみに!
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