政略結婚と手品師【side:アリア】

「……」


 兄であるアルスが会場から去った後。

 パーティー会場には気まずい雰囲気に包まれていた。

 勇者の後継者の誕生にとして盛り上がっていた観衆達も呆然とした様子で、兄が出ていった扉を見つめていた。

 この空間に取り残される身にもなってほしいものだ。


「し、しばしご歓談くだされ」


 絞り出すような父の言葉に参加者たちもぎこちなく会話を始めた。


(......帰りたい)


 先ほどから私の頭の中はこの一言で埋め尽くされていた。

 兄の意味不明な行動に始まり、それを律することができない父親。

 もともと頼りない人であったが、数年前に王妃が亡くなってからさらに拍車がかかったような気がする。

 こんなのと形式上では家族なのだ。心底嫌になる。


「……もう19時すぎじゃない」


 ちらりと懐中時計に目を落とし、私はげんなりした。

 待ち合わせは18時。もう1時間以上遅刻している。


「怒っているかな……」


 窓から城下町の方を見る。

 夜空には花火が絶え間なく打ち上げられ、陽気な演奏もわずかに聞こえてくる。

 本来なら彼と一緒に楽しむはずだったものだ。

 それがこんなしょうもないパーティーに潰されるなんて。


「……」


 なんで私は王女なのだろう。

 どうして私は一人ぼっちなのだろう。

 ヴォルクに早く会いたい。

 会いたい。

 会いたい。


 そんなことを考えていると、気を取り直した様子の父が一人の青年を連れて、目の前にやってきた。


「アリア紹介しよう。テブル公爵家のオーリン君だ」


 父に促され、青年が私の前に出る。


「オーリン・テブルです。以後お見知りおきを」


「……アリア・セスタリックです」


 オーリン・テブル。

 以前、使用人に見せられたお見合い写真にいた男性である。

 彼の眼鏡の分厚さが印象的でぼんやりとだが覚えていた。


 もっとも真剣に目を通していたわけではないため、それ以外のことは全く覚えていないが。


「オーリン君は幼少の頃からテブル公爵家で領地経営を任されてきた男だ。将来的にはこの国の心臓として働いてくれるだろう」


「陛下、買いかぶりすぎですよ」


 父との茶番の後、オーリンの目が私の姿を捉える。


「事前にお写真で拝見しておりましたが、実際にお会いしてこそ、その美しさが際立ちますね」


「……ありがとうございます」


 私の体を舐め回すような視線。

 気持ち悪い。

 嫌悪感が背中を沿って、全身に駆け回る。

 一刻も早くここから離れたいが、他の参加者の目もある手前そうもいかない。


「アリア、オーリン君はお前に興味をもってくれている。お前も17だ。そろそろ親としては将来のことを考えてくれると安心なのだがな」


「……っ」


 やはりそうか。

 私をここに連れてきたのは、彼と会わせ、無理矢理にでも縁談を進めるため。

 邪魔な私を追い出し、テブル公爵家とのつながりを強固にする。

 政略結婚の駒にするつもりなのだ。


「アリア様、突然のことで驚かれているでしょう。しかし私の気持ちに偽りはありません。貴女とこれから深い仲になっていきたいのです」


 気がつくと彼は私の隣に立ち、腰に手を回してくる。

 そのままゆっくりとした手つきで体をなで始める。


「オーリン君もこう言っている。今夜は彼にも城に泊まってもらう予定だ。夜が更けるまで二人で過ごせば気持ちも高まるものだ」


「……っ!」


 気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!

 私に触れていいのはあいつだけなのに!

 頭に血がのぼっていく。

 心配と言いつつ、私を政治の道具としてしか見ていない父。

 初対面に等しい関係にも関わらず、私を性欲の対象としか見ていない男。


 私の我慢が限界を越えようとした時であった。


「陛下、お話し中失礼いたします」


 兵士がおずおずと話しかけてきた。


「なんだ!今、重要な話を……」


「も、申し訳ございませんっ!陛下が呼ばれた手品師が到着したのでそのご報告に」


 父の頬が緩む。


「……ふむ、ならば仕方あるまい。早く呼んでまいれ」


「はっ!」


「陛下、手品師とは?」


 オーリンの問いかけに彼は満足げに答える。


「実は今日の余興のため、手品師を呼んでおいたのだ。きっとオーリン君にも満足してもらえると思うぞ」


「……?」


 なぜ手品師が来るというだけでここまで上機嫌になるのか。

 その理由はすぐに明らかになった。


「陛下!連れてきました!」


 先ほどの兵士が戻ってきた。

 側には一人の少女が跪いていた。紫色の髪を肩の辺りで切りそろえており、表情はうかがえない。

 見た感じ、年齢は私と同じぐらいだろうか。


「面を上げよ」


 父の言葉に少女はゆっくりと顔を上げる。

 灰色の大きな瞳。

 人間離れした美貌を持つ少女であった。


「ルナ・パストと申します。国王陛下、この度はお招きいただきましてありがとうございます。精一杯、余興を務めさせていただきます」


 黒と白の布で作られたドレスを身にまとってた少女はふんわりとした笑みを浮かべる。

 純粋でありながら、どこか妖艶さを感じさせる表情。

 女の私でさえ目を奪われてしまった。


「う、うむ!期待しておるぞ!」


 父の言葉を聞くと彼女は立ち上がり、会場の中央へゆっくりと歩を進める。


「おっ、おい、見ろよ」


「うへへ、すげぇ格好だな」


「あの乳、揉みしだきてぇ」


(……全く男どもは下劣ね)


 会場から聞こえる下世話な声に頭が痛くなる。

 しかし彼らが浮足立つのも仕方がない。


 ルナという手品師が身につけるドレスは非常に露出度が高い。

 肩や腕が露出しているのは序の口、スカートの丈は膝上でひらひらと揺れている。

 仮にも王城の中でその格好はどうなのかと思うが、パーティーの参加者たちは気にしている様子はない。

 そればかりか鼻の下を伸ばして彼女の豊満に実った胸元ばかりじろじろと見ている。

 あんな贅肉の塊の何がいいのか。


「皆様、この度はお時間を頂戴しありがとうございます。これより余興を務めさせていただく、ルナ・パストと申します」


 そんな視線にさらされることは覚悟の上なのか。

 ルナは気にする様子も見せず、会場全体へ語りかける。


「本日は記念すべき勇者様の生誕日ということで、城下町では綺麗な花火が打ち上げられております。今回はこちらのお部屋でその花火を打ち上げてみたいと思います」


 彼女の発言に会場内は驚いたようにざわめき始める。

 そうなるのも無理はない。

 天井には複数のシャンデリアがかかっており、花火を打ち上げるスペースなど皆無である。


「それでは早速……」


「待たれよ。いくら君の腕が優れているとはいえ、ここで花火を上げるのは不可能に決まっている」


 彼女の話を遮るように、父が言葉を発する。

 それに同調するようにオーリンを始め、周りの貴族たちも深々と頷く。


「もしシャンデリアが壊れようものなら君は責任は取れるのかね?君が一生かけても弁償できないほどの代物だぞ?」


「ふふっ、そう言われてしまうと少し不安になりますね。私にそのようなお金はございません」


「ではどうするのかね?」


 父の問いかけにルナはにっこりと微笑む。


「その場合は私の体でお支払いさせていただけませんでしょうか?」


「か、体?」


「はい、夜伽には自信がございます。必ずご満足いただけるかと」


「ふ、ふむ……ならばよいだろう!」


「国王陛下の寛大なお心に感謝いたします」


 にたにたと笑う父。

 心のなかで彼女の身体を楽しんでいる妄想をしているのだろう。

 近年は鳴りを潜めていたとはいえ、やはりこの人はあの兄の親である。


「それでは早速始めさせていただきます」


 ルナが指を鳴らす。

 すると部屋の明かりが消え、会場内は暗闇に包まれる。


「なっ、なんじゃ!?」


「始めましょう……魔王様へ捧げる闇の儀式を」


 その瞬間。

 会場内に響き渡る轟音。

 それを合図に、会場内へ魔物達がなだれ込んだ。


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