王の遺言

 頭上から爆発音がして数刻。


 俺は蹴り破る勢いで扉を開く。

 地下水路の中には、城の内部につながる扉がある。この扉もその一つだ。

 子供の頃、アリアを連れ回して見つけた秘密の扉。

 当時は大人たちにしこたま怒られたが、この重要な場面で役に立った。


「なっ……」


 扉を開いた先。

 その光景は地獄であった。


 跡形もなく粉々に砕け散った窓。

 床に敷かれた赤い絨毯には魔物のものであろう大きな足跡。

 そして腸を引きずり出され、事切れている騎士たちの死体。


 目を覆いたくなる光景がそこにはあった。


「アリアっ……!」


 彼女がパーティーに参加していたとすれば、おそらく会場となった玉座の間にいるはず。

 ここから目と鼻の先だ。


「無事でいてくれ!」


 一縷の希望を胸に廊下を走り抜け、大広間の扉を開く。

 しかしその願いはあっけなく裏切られた。


「うっ……」


 そこにあったのは血の大海であった。

 天井に吊るされていたであろうシャンデリアは参列者の死体とともに地面に這いつくばる。

 城下町を一望できた窓には何かが突き破ったような大穴が空いていた。


「アリアっ!!」


 必死に大切な主の姿を探す。

 床に転がる無数の肉片。

 この中に彼女がいるかもしれない。

 浅くなる呼吸を整えつつ、会場内を見渡す。


「ヴォルク様!これは一体……」


「魔物の暴れた後じゃな。いつ見てもこの光景は慣れんわい」


 後ろからソラとグリじぃが部屋に入ってくる。

 呆然とした様子の彼女に対して、グリじぃは冷静な声色であった。


「うっ……」


 そんな時であった。

 どこかから小さなうめき声が聞こえてきた。


「あの辺りからじゃ!」


 グリじぃの言葉を頼りに部屋の奥へ進む。

 そこは舞台のように床が一段高くなっており、中央には装飾が施された椅子が3脚置かれていた。


 そのすぐ側であった。

 国王陛下が血まみれの姿で倒れていたのは。


「陛下っ!」


「うっ……その声は、アリアのところの、小僧か……ごほごほっ!」


「すぐに治癒魔法を!」


 駆け寄るソラを国王は手で制止する。


「いらん……この傷では、もう、助からん」


「何があったんですかっ!?」


「女が……魔物を引き連れて、襲いかかってきよった……」


「女?」


「あぁ……ルナ・パストと、名乗っていた」


 血を吐きながら、忌々しげに呟く国王。

 すると、ソラが血相を変える。


「ルナ・パストですかっ!?」


「ごほっ、知って、おるのか……?」


「未来の世界で魔王の幹部として暗躍しとった女じゃな。まさかここで名前を聞くとは」


 グリじぃの言葉に耳を疑う。

 彼らが来たのは50年後の未来のはず。

 50年前の世界でも暗躍する女幹部。

 浮世離れした話に住む世界が違うと感じてしまう。


「未来、か……よくわからん話だ……ごほっごほっ!!」


「陛下っ!」


「もはや、これまで、か……小僧、聞け」


 国王が俺の方へ顔を向ける。

 その目はもはや焦点があっていないが、震える口で言葉を紡ぐ。


「アリアは無事だ……今、近衛騎士の一人が、地下の脱出路まで、避難させている、はずだ」


「本当ですか!」


「だが急げ……奴ら、追手を仕向けておった……時間は、ないぞ」


「承知しました。アリアは必ず、俺が守ります」


「……アリアを、頼む。あの子は、私の大切な……娘」


 そう言い残すと国王は大きく息を吸い、そのままゆっくりと目を閉じた。


 心臓の鼓動は完全に聞こえなくなった。


「……」


 大切な娘。

 国王はアリアのことをそう話した。

 今までの扱いを考えると何を今更、と思う。

 しかし不思議と彼の言葉に嘘はないと感じた。


「ヴォルク様……」


「行こう。絶対にアリアを守ってみせる」


 剣の鞘を握りしめる。

 そして俺は国王の亡骸に別れを告げ、アリアを追うのだった。


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