銀髪の少女

 天使。


 彼女と初めて出会った時、頭に浮かんだのはこの一言であった。


 銀色の美しく長い髪。

 宝石を埋め込んだように大きく、青く澄んだ瞳。

 天使の羽衣のような純白のワンピースから覗く肌や背丈ほどの杖を持つ手は降り積もった雪のように白い。


 この世のものとは思えないほど、可憐で美しい少女であった。


「あっ、あの……」


 あまりにじろじろ見すぎていただろうか。

 彼女の困惑したような様子に、俺ははっとして立ち上がり、背筋を伸ばす。


「だ、大丈夫です!助けていただいてありがとうございました。あの『魔法障壁』は貴女が?」


「は、はい。間に合って良かったです」


 彼女は安堵したように微笑む。

 その表情に思わず胸が高鳴る。


「申し遅れました。私はソラ・フォーチェンと申します」


「ヴォ、ヴォルク・スゥベルです。王国で騎士をしています」


「あっ、ご丁寧にありがとうございます!」


 互いに会釈しあっていると、ようやく俺はここに来た本来の目的を思い出した。


「いや、そうじゃなくて!ソラさんはどうしてここに?ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」


 そう伝えると、彼女があたふたと慌てはじめる。

 助けられたとはいえ、ソラの正体は依然として不明なままだ。

 帝国のスパイである可能性も捨てきれない。

 緩みかけていた気を引き締め、剣の柄に手をかける。


「えっ、あっ、あの、その、決して私達は怪しい者ではなくて……!」


「ソラ、その反応は怪しさしかないぞ?」


 突然、彼女が持つ本から声がした。


「言い訳を考えるよりこんな小僧程度なら、魔法で気絶させた方が早いじゃろ」


「グリじぃ!だめですよ!無関係の人に危害は加えられませんっ!」


「生真面目じゃのぉ」


「……」


 物騒なことを話している一人と一冊に、俺は呆然としてしまう。

 人間の言葉を話す本など聞いたことがない。

 まるでおとぎ話を読んでいるかのような不思議な感覚に包まれる。


「あっ、ご紹介が遅くなりました。この本は魔導書グリモア。ちょっとお喋りな魔導書です」


「気軽にグリじぃと読んでくれて構わんぞ」


「は、はぁ」


 個人的には名前よりもなぜ本が言葉を発しているのかが気になるが、それよりも追求しなければいけないことがある。

 まだ彼女たちが不審者であることに変わりはない。


「それよりも説明してください。あなた達はなぜここに?」


「えっ、えっと……」


「場合によっては、俺はあなた方を斬らねばとなりません」


 剣に手をかけつつ、ソラ達をじっと見つめる。

 実際のところ、ワーウルフを一撃で倒した彼女に戦いを挑んだとしても、勝てるとは到底思えない。

 しかしヴォルクは王国の騎士である。

 仮に彼女たちが帝国のスパイであれば、命を賭してでも斬りかからねばならない。


 しばしの静寂。

 それを破ったのはグリモアと呼ばれた本であった。


「ソラ、別に話してもよいじゃろ」


「グリじぃ……」


「信じるかどうかは此奴次第じゃ」


 魔導書の言葉に彼女は頷いた。

 そしてソラは真剣な面持ちで話し始めた。


「私たちの目的はただ一つ。魔王の封印です」


「まっ、魔王!?それって……おとぎ話じゃ」


「いいえ、魔王は間違いなく存在します。今日、この国は魔王によって滅ぼされます。私達はそれを止めるため、未来からやってきました」


「未来から……?」


「はい、今から50年後の未来です。そこは復活した魔王によって人類が滅亡し、世界は絶望に包まれています。私はそんな未来を変えるため、魔王の封印および勇者様に会うためにここまで来たのです」


 魔王の復活。

 未来。

 人類の滅亡。

 勇者。


 これまでおとぎ話だと思っていたことは全て本当にあったことだった。

 とても信じられないが、彼女の表情はとても嘘をついているようには見えない。

 信じるべきか、嘘っぱちだと吐き捨てるべきか。

 情報が処理しきれず、考えがまとまらない。


 そして絞り出すかのように、彼女に一つ、質問する。


「勇者って……誰なんですか?」


 返ってきたのは信じられない答えであった。


「セスタリック王国第一王子、アルス・セスタリック様です」

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