騎士の独白

 噴水広場で親子と出会った後。

 俺は事の真相を確かめるため、水源につながる地下道の扉の前にきていた。

 扉には特殊な錠前がかけられており、騎士団が厳重に管理している鍵でしか開けることができない。

 当然、俺は持っていない。


「あっ......!」


 しかしあの少年の言う通りであった。

 水源に続く扉は手をかけるとあっけなく開いてしまったのだ。

 ここを誰かが通ったのは本当のようだ。


「……」


 鍵が乱暴にこじ開けられた形跡はない。

 錠前はまるでずっと開いてましたよと言うばかりに傷一つなかった。

 しかし鍵をもっている騎士団の人間に銀髪の女性などはいなかったはずだ。

 彼女は一体何者なのだろうか。

 水面を歩き、固く閉ざされた扉をたやすく開けてしまう能力。

 おそらくかなりの魔法、アクスフィアの使い手。

 戦闘になれば間違いなく苦戦するだろう。


「……行くか」


 しかし見てみぬふりはできない。

 俺は王国騎士だ。

 アリアはもちろん、この国の民を守る責務がある。

 それも不審者ではあるが、帝国の工作員と決まったわけではない。

 まずは会って話を聞く必要がある。


 意を決して、壁にかけられたランタンを片手に薄暗い道を歩き始める。

 トンネル状の道の側にはルノミ川とつながる水路があり、水の流れる音と俺の足音が反響する。

 人の気配はまだ感じ取れない。


「......アリアは大丈夫だろうか」


 目の前の問題に集中するべきなのは分かっている。

 しかしどうしても彼女のことが気になってしまう。

 アリアと国王がうまくいっていないことは知っている。

 個人的にも今回のパーティーに彼女は招待されないだろうと思っていた。


 しかしアリアは噴水広場に現れなかった。

 普段から父親への反発を口にしているが、相手は国王だ。

 王女である彼女が命令に逆らえないことは想像に難くない。

 なんだかんだ言っても彼女は真面目で、波風を立てることは嫌いなのである。


「……っ!?」


 突然、トンネル内に大きな足音が響き渡る。

 そして何かがこちらへ猛スピードで近づいてきた。

 ランタンで道を照らし、足跡の主に俺は目を見開いた。


「ワーウルフだとっ!?」


 俺の声と同時に、ワーウルフはこちらへ飛びかかってくる。

 突進を横っ飛びでかわす。

 ランタンはその衝撃で割れ、トンネル内は暗闇に包まれる。


「なんで魔物がこんなところに!」


 剣を抜き、目を凝らしながら、ワーウルフとにらみ合う。

 その見た目は狼に近しいものがあるが、れっきとした魔物である。

 二本足で地面を踏みしめ、手には朽ちたサーベルを握っている姿は、獣と人間の融合体といったほうがよいのかもしれない。


「グオオオッ!!」


 しばしのにらみ合い。

 均衡を破ったのはワーウルフであった。

 獣特有の跳躍力で瞬時にこちらとの距離を詰め、サーベルを薙ぐ。

 トンネル内に金属音が響き渡る。

 奴の攻撃に練度はない。

 ただ武器を振り回しているだけ。

 本来であれば防ぐのはそこまで難しい訳ではない。

 しかしここは暗闇に包まれたトンネル内。

 敵との距離感をつかむことができず、防戦一方となってしまう。


「調子に乗るなっ!」


 必死の思いで剣を振り下ろす。

 しかしワーウルフは後ろに跳躍し、攻撃を回避する。

 すぐさま体勢を立て直し、攻撃に備える。

 魔物は距離を詰めてこようとしなかった。

 剣を持った手には力が入っておらず、何も持っていない手をこちらにゆっくりと向ける。


(何をする気だ?)


 突如として大人しくなったワーウルフ。

 その姿に気味悪さも感じつつ、俺は剣を構えたまま、様子を伺う。

 次の瞬間、奴の手が白く輝き始める。


「なっ!?」


 それは魔法の発動を告げるものであった。


 魔法名『火球ファイアボール』。


 道幅ほどの巨大な火の玉が猛スピードでこちらへ飛んでくる。

 防御は間に合わない。

 体を投げ出し、地面に這いつくばる。

 頭上を高温の物体が通過、消滅した。


「嘘だろ……」


 冷や汗が全身をつたう。

 ワーウルフが魔法を、アクスフィア使うなどありえない。

 奴らは魔力など持っておらず、アクスフィアを使いこなす知力もないはずだ。

 しかし目の前の個体は違う。


「おいおい.....勘弁してくれよ......!」


 ワーウルフの前に生成される火球。

 2個、4個、8個。

 どんどん増えていく。

 あんなものが飛んできてしまっては今度こそ避けることはできない。

 こうなってしまってはできることはただ1つ。


「うおおおおおっ!!」


 魔法の発動前に叩き切る。

 俺はワーウルフへ向かって駆け出した。


 俺は魔法が使うことができない。

 生まれつきアクスフィアを起動させるための魔力がないのだ。

 そのため、本来であれば魔法を使って簡単に倒すことができるワーウルフ相手にここまで苦戦している。


(いや、あっちは魔法使っている......俺はワーウルフ以下だな)


 飛んでくる火球。

 死にものぐるいで掻いくぐり、魔物との距離を詰める。


 アリアの騎士となって以来。

 彼女を守れる男になるためにひたすらに剣の腕を磨いた。

 俺が強い男になれば、彼女を馬鹿にするやつはいなくなると信じていた。

 

 しかし現実は無情だ。


 どれだけ剣の腕を磨いても身体能力の向上や遠距離からの魔法攻撃で他の騎士たちに完膚なきまでに叩きのめされた。

 模擬戦で勝ったことなど一度もない。

 結果としてアリアは余計に軽視された。

「余り物同士お似合い」と嘲笑されることになった。


 悔しかった。

 とてつもなく悔しかった。

 だからこそワーウルフぐらい倒せないと、アリアの騎士を名乗る資格はない。

 絶対に負けるわけにはいかないのだ。


「うおおおおおおっ!!」


 あともう少し。

 ワーウルフの体が目の前に迫る。

 勝てる。

 剣を持つ手に力を込めた時であった。


「!!」


 俺は濡れた床の存在に気がつかなかった。

 足を取られ、転倒する。

 はっとして顔を上げると、ワーウルフがこちらを見下ろしている。

 その顔は俺のことをあざ笑っているようだった。

 火球の数は数えることができないほど増えていた。


 だめだ。

 どうやっても避けることができない。

 俺はここで死ぬのか。

 俺の人生はこんなものだったのか。

 なんて俺は無力なのだろうか。


(アリア、すまない......!)


 迫る大量の火球。

 俺は彼女のことを思いながら、目をつむった。


「……ん?」


 いつまでたっても火球は飛んでこない。

 恐る恐る目を開ける。

 そこには。


「えっ……『魔法障壁マジックバリア』……?」


 俺を乗り囲む虹色の膜。

 火球は吸い込まれるように消滅していた。

 ワーウルフも状況が飲み込めないようで右往左往している。


「『聖弾セイントバレット』!」


「ギャアアアっ!?」


 光の玉がワーウルフの後頭部に直撃した。

 奴の体はふらつき、そのまま地面に倒れこむ。

 口から泡を吹いている。

 完全に事切れていた。


「……」


 状況が飲み込めず、呆然としていると、奥から足音が聞こえてくる。

 そして俺の目の前に足音の主がやってくる。

 同時にトンネル内が明るく照らされた。


 その時である。

 俺が天使のように美しい少女と出会ったのは。

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